5.財務報告として開示すべき情報
公会計基本小委員会としては、財務報告として開示すべき情報に関する今後の新たな取組みの方向性について、次のように考える。
(1)財務情報の類型
財務報告として開示すべき具体的な財務情報を考えるに当り、財務情報の類型は以下の通りである。
イ)フロー情報、ストック情報、中長期情報
ロ)国全体の財政状況を示すマクロの情報、個別会計主体別の情報、セグメント情報
ハ)予算時の情報、決算時の情報
国の財務報告としては、これまで、国全体のストック情報である「国の貸借対照表(試案)」や、個別会計主体別のフロー及びストック情報として「新たな特別会計財務書類」等の取組みがあり、それらを踏まえて、財務報告の充実を図る必要がある。
(2)省庁別財務書類の作成の取組み
政策別情報開示の意義と省庁別財務書類の考え方
事業、施策、政策に着目したディスクロージャーを進めることは、行政府のアカウンタビリティを高めつつ、行政府自身の管理の向上により財政の効率化・適正化を促す面があり、優先度は高いものと考えられる。また、後述する国全体の財務情報を作成する場合にも、このような事業、施策、政策別の財務情報が基礎となりうる。
この場合、事業や政策をどのような単位で捉え、開示を進めるべきかという点がまずは論点となる。この点について、公会計基本小委員会としては、後述するように個別事業毎の財務書類の作成には限界があるため、行政府の基本単位であり、予算執行の単位であるとともに行政評価の主体である省庁に着目し、省庁別のフローとストックの財務書類を作成し、説明責任の履行及び行政効率化を進めることが適当であると考えられる。
検討すべき諸課題
次に、どのような書類を作成し、省庁別の財務情報として具体的に何を明らかにすべきかを整理する必要がある。作成すべき書類に関し、例えば、米英豪NZにおいては、各省庁をいわば一つの民間企業と見立て、アカウンタビリティ・レポートやアニュアル・レポートの作成が義務付けられているが、具体的な作成書類の主なものは以下の通りである。
i)米国:
1 貸借対照表 (Balance Sheet)
2 純コスト計算書 (Statement of Net Cost)
3 純資産増減計算書(Statement of Changes in Net Position)
4 予算資源報告書(Statement of Budgetary Resources)
5 資金報告書(Statement of Financing)
6 注記 (Notes to the Financial Statements)
7 必要補完情報(Required Supplementary Information)
8 必要補完管理情報(Required Supplementary Stewardship Information)
ii)イギリス:
1 資源使用結果報告書(Summary of Resource Outturn)
2 業務費用計算書(Operating Cost Statement)
3 貸借対照表(Balance Sheet)
4 キャッシュ・フロー計算書(Cash Flow Statement)
5 省庁の任務・目的別資源報告書(Resources by Departmental Aims and Objectives)
6 注釈(Notes)
iii)豪州:
1 財務業績報告書 (Statement of Financial Performance)
2 貸借対照表 (Statement of Financial Position)
3 キャッシュ・フロー計算書 (Statement of Cash Flows)
4 コミットメント報告書 (Schedule of Commitments)
5 コンティンジェンシー報告書 (Schedule of Contingencies)
iv)NZ:
1 貸借対照表 (Statement of Financial Position)
2 財務業績報告書 (Statement of Financial Performance)
3 純資産変動計算書 (Statement of Movements in Taxpayers' Funds)
4 キャッシュ・フロー計算書 (Statement of Cash Flows)
5 目標・サービス業績報告書 (Statement of Objectives and Service Performance)
6 コミットメント報告書 (Statement of Commitments)
7 コンティンジェンシー報告書 (Statement of Contingency Assets and Liabilities)
8 支出・予算報告書 (Statement of Expenditure and Appropriations)
注)各国の作成している「貸借対照表(B/S:Balance Sheet)」、「損益計算書(P/L:Profit and Loss Statement)」に相当する書類は、
・負債には各省固有のものが計上されるのみで、国としての借入である国債は反映されていないこと、
・資産負債の差額が企業の資本に相当するものではないこと、
・「Loss」は損失ではなく行政コストであり、「Profit」は国庫等からの配賦に過ぎない(税を財源とするか国債を財源とするかは区別されない)こと、
など、企業会計とは異なるものであることには留意が必要である。
また、開示すべき項目としては、省庁の規模、事業内容に応じ、省庁の行う事業や政策の中身をセグメント情報としてどのような単位で捉えるべきかという整理が必要となる。その場合には、事業、施策、政策別のコスト情報として、事業実施に伴う間接経費についても事業別の配賦を可能な限り行うことが必要である。
更に、具体的な会計基準については、特別会計に属する事業を対象として、今般、「公企業会計小委員会」において、「新たな特別会計財務書類の作成基準」が取りまとめられたところである。省庁別財務書類に必要となる会計基準の策定については、特に、一般会計の事業に関する会計基準の検討が必要となるが、これについては、特別会計の基準策定の経験を生かし、それとの整合性を含め、「公企業会計小委員会」において行うことが適当である。なお、その際には、行政府の恣意性を排除した客観的な基準作りが必要であることは言うまでもない。
省庁別財務書類作成の意義と進め方
省庁別財務書類の作成・開示によって、予算と決算の対比をはじめ、ストックの書類により、省庁別の資産及び負債の状況、各年度の増減が分かるほか、連結ベースのフローの書類により、各省の一般会計、特別会計、特殊法人等を通じた事業、施策、政策別のコスト及び収入内訳が明らかになる。他方、明らかとなる情報をどのように評価すべきかという点を含め、その活用度合いについては、現時点では明確ではない。
このため、公会計基本小委員会としては、省庁別財務書類に関する上記の諸課題を大まかに整理した上で、まずは、事務量が過大とはならない方法により少数の省庁に限って試行的に実施し、公会計基本小委員会において、その試作結果を踏まえて、当該書類の作成意義等について改めて検証を行い、その後の方向性について検討を進めることとしたい。
(3)個別事業、施策、政策についての財務情報
財政の効率化・適正化を進める観点からは、国の行う施策を個別の事業単位で捉え、説明責任を負わせるとともに、評価の対象とすることが考えられる。事業毎の説明責任を果たす方法としては、将来推計を活用し、政策コストを把握する手法等があり、現在、これについては、5年に1度の頻度で行われる「年金の再計算」や、財政投融資機関が対象となる「政策コスト分析」等の事例があり、そのような手法を国の事業一般を対象として活用していくことが考えられる。
発生主義の考え方、将来推計あるいは間接費用の配賦といった手法を活用すべき対象として、例えば、
i )予算に関する将来情報として、社会保障の各分野における将来負担など、将来の費用負担を明示すべき事業に関するコスト情報、
ii )予算に関する将来情報として、社会資本整備における維持管理コストを含むライフサイクルコストなどの事前情報、
iii )個別事業における人件費等の間接費用を配賦したコスト情報(フルコスト)、
などの把握と活用が考えられる。
一般的に、事業の将来分析はあくまでも仮定に基づくものであり、どれだけの意義があるかについて議論はあると考えられるが、その際の仮定や前提条件を明確にしつつ、感応度分析を行うことなどにより、将来の国民負担を明らかにし、予算編成や予算審議に役立てることも可能であると考えられる。
しかしながら、全ての事業の財務分析を行うことは過大な負担を課すこととなるだけでなく、効果的な事業評価手法の確立が必要であるといった問題や、分析対象としての必要性の点で疑わしい事業もあると考えられることから、対象となる事業及び開示すべき内容と手法等について、更に十分な検討が必要である。
このため、公会計基本小委員会において、前述の省庁別財務書類の作成を進める中でのセグメント情報の取扱いと併せ、引き続き、検討を進めることとしたい。
(4)国全体の財政状況の開示
国全体の財政状況を示すディスクロージャーについては、これまで、国のストックの状況を示す取組みとして、「国の貸借対照表(試案)」があり、中長期情報としては、「後年度影響試算」により今後3年間の収支状況が試算されている。また、内閣府が「改革と展望」の審議の際の参考資料として、より長期の経済財政状況の姿について試算を行っている。
このような取組みを更に強化し、国全体の財政状況をより意味のある形で開示していくためには、
i )国の財政に重大な影響を与えうる要素を網羅的かつ的確に捉える観点から、国が財政的に一定の責任を負う範囲をどのように考えるべきかという点、(国以外の主体(地方公共団体、特殊法人、独立行政法人、公益法人等)に実施される国の施策のうち、どの範囲までを「国が財政的に一定の責任を負う」範囲として、一体的な財務書類を作成すべきか)、
ii )国の財政状況を的確に示すための具体的な開示項目や開示の方法はどうあるべきかとの点(予算、決算以外に、フローベースの情報にどのような意義があるか、どのような開示が必要か)
などについて、更に専門的な検討を加える必要があり、公会計基本小委員会において、前述の省庁別財務書類の作成の進捗状況も踏まえつつ、これらの論点について更に検討を進めていくこととしたい。