ファイナンス 2025年11月号 No.720
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連載PRI Open Campus POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPANファイナンス 2025 Nov. 61PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 492 つ目は、出産後の昇進意欲の変化です。出産前から男性の方が女性よりも昇進意欲が高いものの、出産前後で特に変化は見られませんでした。一方、仕事をするうえで家庭の事情を配慮してほしいといったリクエストは女性の方が男性よりも大きく増加するということが確認されました。総合すると、差別や昇進意欲の低下というよりも、家庭に対する責任の増加により、特に女性の方で時間制約により機会費用が増大することが、子育てペナルティの背景にあると考えられます。私たちの研究は、あくまで日本の一企業におけるケーススタディに過ぎません。したがってどの程度一般化可能かという疑問は残ります。そこで参考になるのが、自治体の税務データを用いて子育てペナルティについて分析した Fukai and Kondo (2025)です。この研究も必ずしも代表性のあるサンプルではありませんが、データ規模が大きく、私たちの一企業の事例よりはるかに汎用性の高い結果といえます。その結果によれば、出産後 4 年で女性の所得が 50%低下するとされています。本研究では 63%でしたが、育児給付の扱い等計測方法の違いを考慮すると大きな解離はなく、概ね一致していると考えます。海外の研究によると、5~10 年の平均的な子育てペナルティは約 43.5%です。国や計測方法によってばらつきはありますが、北欧諸国では家族政策や男女平等が進んでいるため相対的に小さい水準となっています。日本の子育てペナルティはアメリカよりも大きく、イギリスと同水準で、またドイツやオーストラリア、オーストリアよりは小さい水準となっています。つまり、日本は国際的に高い部類に入るものの、さらに大きな国も存在しているという状況です。まとめると、私たちの分析では子育てペナルティは55%程度で、その主因は短時間労働です。そして短時間労働が理由となって高い評価がつかず、結果として昇進機会を失うという仕組みが確認されました。その背景には、長時間労働を重視する昇進慣行があると考えています。これは優秀な労働者本人にとっても企業にとっても大きな損失です。実際に、残業はたくさんできないが、フルタイムで十分に働ける優秀な女性が多数存在するように見受けられましたが、結果として優秀な女性は一般社員に滞留しています。本研究の成果にどの程度普遍性があるか、非効率な昇進制度がなぜ存続するのかといった点については、十分に解明できていません。制度改革に対する抵抗感が強く、見直しが進まないのかもしれません。本研究の結果は、データ提供いただいた企業にもご説明しました。それを受けて企業側からは「長く働いてくれる人に報いる必要がある」との声があり、それ自体は正当な考えだと思います。しかし、報いる方法として昇進を用いるのではなく、例えば残業手当の割増等金銭的インセンティブの形で行う方が望ましいのではないかともお話しました。というのも、長時間労働を理由に昇進させると、本来昇進にふさわしい人材が昇進できず、逆にリーダーシップに欠ける人が昇進してしまうなどの弊害が大きいためです。したがって、長時間労働者への報酬は昇進よりも金銭的補償で行う方が合理的であると考えられます。10.本研究の意義と今後の課題過去の「PRI Open Campus」については、 財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html財務総合政策研究所

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