ファイナンス 2025年11月号 No.720
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連載PRI Open Campus図表 9:労働時間と人事評価の関係(出典) Yoko Okuyama, Takeshi Murooka, Shintaro Yamaguchi, “Unpacking the Child Penalty Using Personnel Data:How Promotion Practices Widen the Gender Pay Gap” (February 2025), CREPEDP-165, University of Tokyo 60 ファイナンス 2025 Nov.働時間での評価はなされないのです。役職者に求められるスキルは一般社員とは異なるため、このような評価体系になっているのかと思います。以上を整理すると、なぜ子育てペナルティが生じるのかが見えてきます。一般社員については長時間労働が高評価につながり、その結果として昇進しやすくなる。しかし、子育てにより時間制約が生じると、長時間労働ができず評価が下がり、昇進できない。この構造が子育てペナルティを生んでいると考えられます。では、なぜ長時間労働が評価されるのでしょうか。この点を企業の人事担当者に伺うと、現場としては緊急対応や時間外の顧客対応、設備トラブルへの対応、つまり現場への即応性が一般社員においては重視され、評価につながるとのことです。さらに、長時間労働に対して、残業手当は法定通りで支給しているが、現場ではそれでは不十分と感じているようで、不利な労働条件(長時間・不規則労働)に対する報酬として将来の昇進や高収入という形で報酬を与えている面もあるようです。経済学の枠組みでは、長時間労働が評価される理由について、いくつかの理論が示されています。1 つは分だけ仕事を学び翌年以降の生産性が高まるというものです。会社では個人レベルの生産性は測定できませんが、チームや部署単位の生産性は観察可能です。そこで分析してみたところ、過去の労働時間と現在の生産性には相関が見られず、この仮説はあまり当てはまらないのではないかと考えています。もう一つ有力なのが「シグナリング仮説」です。長時間働けるということは、仕事への強いコミットメントを示し、リーダーにふさわしい人物であることのシグナルになるというものです。つまり、長く働ける人は、それだけやる気や能力があると見なされる可能性があるわけです。ところが私たちの分析では、役職に就いた後は労働時間の長さによって評価が高まることはなく、リーダーとしての能力と労働時間の長さにはほとんど関係が見られませんでした。したがって、シグナリング仮説は一見もっともらしく思えますが、データによっては支持されない、というのが私たちの見解です。最後に「トーナメント仮説」です。これは同僚との競争の中で相対的な努力が重視されるというものです。絶対的に長時間働くことよりも、他人よりも長く働くことが評価され、結果的に従業員同士が過当競争のように労働時間を競ってしまう可能性があります。分析の結果、この仮説はある程度当てはまりました。つまり、部署で最も労働時間が長い人は、絶対的な労働時間が同じでも「相対的に 1 位」であることで、さらに評価が上乗せされる傾向が見られたのです。子育てペナルティが生じるその他の要因についても検証しました。1 つ目は、母親に対する直接的差別(出産後の女性は仕事に対するやる気が低下しているといった偏見等)の有無を確認しました。結果としては、人事評価において女性は不利になることは安定的に確認されるのですが、出産前後で特別な変化は見られませんでした。「人的資本蓄積仮説」です。今頑張って働けば、その9. 子育てペナルティが生じる メカニズム

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