連載PRI Open Campus ファイナンス 2025 Nov. 55PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 49企業に提供いただいた詳細な人事データには給与明細のデータも含まれているので、給与計算に用いられる情報はすべて把握できます。また、所属部署や職階も分かるので、企業内でヒエラルキーをどのように登っていくのかを追跡することが可能です。当該データを提供いただいた企業は、とある日本の大手製造業(消費財メーカー)で、従業員数は 4,000人にのぼります。規模としては大企業に分類される企業です。この企業は、いわゆる働きやすい良い会社とイメージしていただいていいと思います。離職率は全年齢平均で年 4%程度と低く、男女差もほとんどありません。しかも離職のほとんどは 20 代に集中しており、30 歳時点で在籍していた社員の大半はそのまま残っています。実際、30 歳以降の年離職率は1%程度にとどまっています。このため、従業員が長期間データに留まるので、出産後の動向を継続的に追跡できる点が大きな特徴です。こうした特徴は日本ならではといえるでしょう。この企業は、いわば日本の古き良き家庭的な企業であり、優れた点も多くあります。一方で、男女間の格差については日本の製造業に典型的な傾向を示しています。例えば、男女間の賃金格差は約 30%と、製造業平均よりやや上回る水準です。女性管理職比率は8%で、全業種平均(19%)より低く、男性中心の社会である製造業平均(7%)とほぼ同程度であり、むしろ典型的といえます。したがって、本研究はたった一企業に基づいたものですが、決して特殊な事例ではなく、日本の数多くの企業に当てはまるのではないかと考えています。また、この企業がなぜ働きやすいのかというと両立支援に積極的に取り組んでいるからです。例えば、育休(法定通り最大 52 週)や短時間勤務(子供が 12 歳になるまで利用可能)は比較的早い段階から導入されています。さらに、一部工場では企業内託児所も用意されており、在宅勤務制度も導入されています。イメージとしては「母親に優しい」とか、「男性はフルタイム勤務を前提としつつ、女性は短時間勤務等を活用して子供が生まれても働き続けられるような会社」を目指し、努力を重ねてきた企業だといえます。実際、日本の大手製造業の約 65%が同様の制度を導入しています。しかし、こうした両立支援制度の充実だけでは男女間の格差という問題は解決できません。制度の存在によって一定の改善はみられるものの、男女間の賃金格差は依然として縮まらず、女性管理職比率の向上にも限界があります。つまり、両立支援制度の充実だけでは不十分であり、最後の詰めの部分に大きな課題が残されていることを理解するうえで、本研究は重要なケーススタディであると考えます。ここで、本研究の最大の特徴であるデータについて少し詳しく説明します。研究対象である企業は歴史ある会社ですが、システム変更時に一部データが利用不可となったことから、残っている 2013 年 9 月から2024 年の 1 月までのデータを分析対象としています。メインとなるのは給与明細データ(月次)です。給与は「○○手当」といった形で細かく分かれており、全部で 27 項目に分類されています。これらは分析のため、いくつかのカテゴリーに分類して使用しました。さらに職階や昇進、労働時間に関する記録も月単位で残されています。辞令が出た日付も特定できるため、昇進や異動の正確なタイミングも把握することができます。人事評価は年 1 回、直属の上司による評価を一段上の上司が承認するという仕組みになっており、5 段階評価で記録されています。さらに、従業員アンケートのデータも存在し、個人 ID で当該データと紐づいています。当該アンケートでは「昇進意欲」や「仕事家庭葛藤(仕事と家庭の両立のための会社への配慮の要望)」を把握できるようになっています。このような企業内人事データの詳細な給与分解は、国際的にも珍しいものです。企業内人事データを用いた研究は各国で少数しか存在しません。日本国内では早稲田大学の大湾秀雄先生のグループが複数の企業内人事データをお持ちだったと思います。さらに、最近特に重要だと気づいたこの企業のデータの強みは、離職率が低いため長期的に個人の追跡ができる点に加えて、家族情報が含まれている点です。子供の生年月日まで把握できるため、出産や育児の影3.研究対象企業の特徴4.分析データの詳細
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