ファイナンス 2025年11月号 No.720
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財務総合政策研究所 総務研究部研究員 松隈 拓人完全には回復しないというパターンが、世界中で観測されています。この子育てペナルティ(チャイルドペナルティ)という表現は、一般の方から、「子供を産むことがペナルティなのか」とのご批判を受けることもあります。おっしゃる通りだと思いますし、経済学・社会科学的にも表現として望ましくないという議論はあります。ただし、この表現を用いることで問題の存在が認識され、解決に向けた議論や合意形成が進むと考えるため、学術用語として使用しています。ここで「ペナルティ」とは、ペナルティを受けるかのように収入が減る、労働市場で何らかのマイナスの影響を受ける、という意味です。子供を持つこと自体は素晴らしいことですが、労働市場の側面から見ると、特に女性には負の側面を伴うという点が、これまで様々な社会科学で指摘されてきたところです。今回の研究では、ある日本の大手製造業企業を対象に、企業の人事データを用いて子育てペナルティの大きさとその要因を分析しました。主要な発見は大きく3 点です。1 点目、当該企業における子育てペナルティは、10年平均で 55%、つまり子供が生まれてから 10 年間を平均すると、子供が生まれなかった場合よりも男女間賃金格差が 55%拡大するということが明らかになりました。この数字が国内の他企業にも当てはまるのかというと、もちろん企業によってばらつきはありますが、日本全体を対象とした研究でも、子育てペナルティはおよそ 40~50%程度とされており、大きくは違わないということは言えると思います。総務研究部主任研究官 森 友理ファイナンス 2025 Nov. 53「人事データから解明する子育てペナルティ:昇進システムと男女間賃金格差」山口 慎太郎 東京大学大学院経済学研究科 教授財務総合政策研究所では、財務省内外から様々な知見を有する実務家や研究者等を講師に招き、業務を遂行する上で参考になる幅広い知識や情報を得る場として「ランチミーティング」を開催しています。今月のPRI Open Campus では、2025 年 6 月 5 日(木)に東京大学大学院経済学研究科教授の山口慎太郎教授にご講演いただいた内容を、「ファイナンス」の読者の方々にご紹介します。本稿において「子育てペナルティ」とは、第一子の誕生を契機として女性に大幅な収入の落ち込みが生じ、男女間賃金格差が広がる現象を指します。この格差、ないしは女性の収入の減少は時間とともにある程度は回復しますが、10 年、15 年と長期間が経っても1.子育てペナルティとは2.研究の概要・背景専門分野は労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。平成 13 年 3 月慶應義塾大学商学研究科修士、平成 18 年 5 月米国ウィスコンシン大学経済学 PhD、カナダ・マクマスター大学助教授・准教授、東京大学大学院経済学研究科准教授を経て現職。内閣府・男女共同参画会議をはじめ、中央省庁や自治体の各種会議で委員を務める。また、民間企業とも共同研究を実施し、女性活躍や男性育休取得推進などの分野でアドバイスを行う。日本経済新聞、NHK などの主要メディアで、経済や社会問題、政策について多数のコメントを提供。『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第 41 回サントリー学芸賞を受賞。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第 64 回 日経・経済図書文化賞を受賞。2021 年に日本経済学会石川賞受賞。・人事データから解明する子育てペナルティ:昇進システムと男女間賃金格差49PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~連載PRI Open Campus

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