SPOT ファイナンス 2025 Nov. 17(桂太郎首相の愛妾「安藤照子近影」出典:安藤照 著『お鯉物語』,福永書店 , 昭和 2. 国立国会図書館デジタルコレクション お鯉物語 - 国立国会図書館デジタルコレクション)(近衛文麿公、左は昭和 3 年御大典奉祝の際の「長官近衛文麿公」 出典:共道社 [編]『写真交名大鑑:御大典奉祝記念』, 共進社出版部 ,[昭和 4]. 国立国会図書館デジタルコレクション 写真交名大鑑:御大典奉祝記念 - 国立国会図書館デジタルコレクション 右は「日本放送協會総裁近衛文麿公」出典:安藤徳器 編『陶庵公影譜』,審美書院 , 昭 12. 国立国会図書館デジタルコレクション 陶庵公影譜 - 国立国会図書館デジタルコレクション)昭和 100 年―百年前の新聞や日記から―その 13 軍事・外交等坊主が憎けりゃ袈裟までとでもいふべきか、桂の妾のお鯉を殺せと群集が殺到した大騒ぎ迄しでかした…爾来春雨廿年、当のお鯉事安藤照子が自ら筆を執って其波乱多き半生の経歴をものした『お鯉物語』が出版せられたのであるから単なる物数寄連のみならず当年の血なまぐさき騒擾事件を記憶する誰彼も此書を手にして生きたる絵巻物を繰り広げるの感懐は沸くのである…」と伝える。1925年に普通選挙制度が導入。第一回の普通選挙を控えて、「普選もまた遂に 無産党の味方ならず 1千萬の新有権者に反かれ 新興勢力の期待も仇に敗報つぐ」〔9.24 讀賣〕は「本年五月施行の最初の普選の前哨戦として最も意義深き今回の各府県会議員選挙選に際し、既成政党は勿論、全国民注視の的となつているのは普選によつて初めて選挙権を獲得した一千万人に余る新有権者の投票の帰趨如何といふ事である。先づ地方政権を吾等無産階級の手に収めんと、大いなる意気込みで各々秘策を巡らし、死力を尽くして…乗り出したものであるが、…投票の結果は各無産党の初めの予想を裏切って或い極て少数の当選者に留まるのではないかと初登場の無産党に取つて今から悲観説が行われて居る…」の記事。「明年度豫算総額は十七億六千万圓 復活要求承認 二千九百万圓 大蔵省集計結果」〔11.12 中外商業〕は「明年度の予算総額は十七億六千二百万円に上り、本年度予算よりも約四百万圓の増額を示している、然し右の中には御大礼費予算が含まれて居らないから、これを加算すれば十七億七千万円を突破することとなる…」と報じる。ところで、大日本帝国憲法第 33 条は「帝国議会ハ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス、第 34 条貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス」と規定。「新聞集成昭和史の証言」によると、「第二次護憲運動は、普選実現のほかに政党内閣制の樹立が叫ばれ、貴族院改革を全面的に政治要求の中に入れた」というが、「貴族院改革はかうして 先づ自らの権限を縮小せよ 時の政府支援は当然の事 近衛文麿公談」〔11.17 東朝〕と後の首相近衛文麿の談として「自分が貴族院に入ってから十年ばかりになる、その最初から既に私は貴族院の制度をどうするかといふことは始終念頭にあった、…法に触れずに運用の上に事実上の権限縮小をするといふ立場に私は立つて居る。…さうすると結論として貴族院は現在の組織制度の下においては大体その時の政府を支持してゆく、…といふ事になる、大体さういふ心がけで貴族院議員自身が自制してゆけばよろしい…」と報じる。徳川義親氏も日本経済新聞の「私の履歴書」で「私は自分が貴族院議員でありながらも、なぜ華族が議員になるのか疑問だった。…その当時、私の頭の中にあったものは、貴族院の使命は、衆議院の行き過ぎを是正すべきところにあるということだった。…」と回顧。海軍軍縮交渉の時代であり、海軍軍縮交渉関連や対支外交関連の記事が多く、蒋介石の来日を報ずる記事も目立つ。
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