ファイナンス 2025年10月号 No.719
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連載PRI Open CampusPOLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN(左から、宮本総括主任研究官、安田教授、大西主任研究官、片野主任研究官)ところにも、行政とアカデミアが協働する余地はあるのではないでしょうか?安田)私も、経済理論の重要性はいささかも衰えていないと感じます。例えば、余剰分析のような使い古されたシンプルな考え方でも、昨今話題となっている関税政策の何が問題で、どうすれば良いかを明快に指摘することができます。経済学の入門テキストにも載っているような基礎的・基本的な内容を、愚直に分かりやすく伝えるということも、経済学者の重要な仕事だと思います。エコノミクスデザイン社で実務家の方々と話すときも、経済学の基礎理論に基づいて、大きい全体像を見せた上で、「現実的にはアプローチが 3 つくらい考えられて、実証分析などを参照すると、その中で最も費用対効果が高そうなのはこれです」というように細部の議論に移っていくと、とても「腹落ち」につながりやすい印象がありますね。こうした経済理論は、経済学者からするとわざわざ言うまでもない当たり前の前提に映っても、一般の方はほとんど理解していないということが多いのではないかと思います。宮本)政策の現場では、今までに対応したことのないような問題にも迅速に対応しなければなりません。もちろん、そこに EBPM を取り入れられれば理想的ですが、現実的には必ずしもそれが可能とは限りません。そうした場合には、厳密なデータ分析ではなくとも、手元にある情報をもとに「経済学のストーリー」に位置づけて政策を打ち出すことが、セカンドベストの対応になると思います。経済理論の知見をもとに、そうしたストーリーやナラティブを組み立てることは、行政とアカデミアが協働すべきポイントだと思います。大西)個別の政策にとどまらず、政策形成の仕組みそのものを、行政とアカデミアが協働して、より効率化していくことは可能でしょうか?安田)すでに採用実績がある手法では、「マジョリティ・ジャッジメント(Majority Judgement)」というものがあります。例えば、特定のジャンルに関する政策パッケージを並べて、それぞれがどの程度魅力的かということを、各省の行政官が何段階かで評価し、その中央値を比較するというものです。この仕組みは、全ての政策パッケージに全員が投票する必要はなく、自分の関心や知識がないものは答えなくとも良いというのがポイントで、これによって、各省の行政官から見た「筋の良い」政策が可視化されます。言わば、「エコノミクスパネル行政版」のようなものです。これを使って、政治家や国民に対して「巨大シンクタンク」である霞ヶ関の集合知を提示する、というのは政策形成のあり方を変革し得る試みになるかもしれません。この手法は、実際にパリ市でも補正予算の分配を決定する際に導入されています。いくつかの政策パッケージが選択肢として存在するとき、市民の投票で順位をつけて予算の範囲内でその順位が高い政策から順番に実施する、というような使われ方がされています。他にも、台湾ではオードリー・タン氏が、「クアドラティック・ボーティング(Quadratic Voting)」という別の新たな投票方法を推進しており、投票の理論と実践も日々進歩しています。こうしたスケールの大きな話は、財務省だけでどうにかなるものではないでしょうが、財務総研には、アカデミアや他省庁の研究機関とも協働しながら、最新の学術潮流を捉えた政策形成の仕組みの大胆なアップデートに挑戦してほしいです。大いに期待しています。PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 48座談会終了後の記念撮影過去の「PRI Open Campus」については、 財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html 42 ファイナンス 2025 Oct.財務総合政策研究所

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