私が日ごろから接しているのは中高生である。ファイナンス 2025 Sep. 1聖光学院中学校高等学校 校長工藤 誠一な示唆を与えるものであると確信している。時代は性急に成果と実績を求めがちである。中高生に対しても、早く目標を決めてスタートを切らせようとするし、親たちも子供たちの目標を早く決めさせようとする。親は安心するかもしれないが、通常は親よりも子供のほうに長い将来が待っている。人生は縦軸と横軸で形成されるものであり、横軸への広がりが点であろう。むしろ、我々大人は子供たちの広がりを支える側にまわって、少し気長に見守る姿勢が求められている。たとえ、無用に思えることでも、そこにはまだ見えないだけの「無用の用」があるかもしれない。だから、教育現場に長く携わる者の一人として、どんなことにだって関心を持ってほしいと思っている。脳裏のどこかに刻印された点は軌跡として復元されるだろう。こうした人間臭い営みが人生の基礎研究となり将来の果実にもつながるはずである。効率性を第一とし、ビッグデータを駆使して社会に貢献するAIと競争しても、もはや私たちには勝ち目はないようである。マザー・テレサがインドのコルカタの町でスープを配る修道女たちにいつも投げかけたとされる言葉は、時代を超えて生き続ける言葉であると思う。「あなた方はスープを早く等しく配ることはロボットに勝つことはできません。しかし、相手の肩に手を触れ、微笑みながら言葉をかけること、つまりぬくもりを伝えられるのは人間だけなのです」。世間やマスコミで言われる以上に、我が国の将来、同胞のことを思いやる若者は多いと思っているし、そうした教育を私の学校ではしているという自負もある。私が毎年、卒業式の式辞で飛び立つ子供たちに最後に投げかける言葉、それは何よりも「ぬくもりを伝える人となれ」の一言なのである。今や生徒一人一台端末は当たり前になっているし、ChatGPT などの生成 AI も様々な形で応用され使用されている。私の学校では生徒が自由に Adobe のソフトも使用できるので、学園祭や修学旅行のパンフレットなどもプロ顔負けの出来栄えである。シンギュラリティが到来し、人間の果たす役割が減少して仕事がなくなってしまうのではないかという心配の声も聞かれる。データを示して論理的でねじ伏せるだけであれば、AI の能力に人間は勝てないだろう。複雑化し、急速に変化する時代であるがゆえに、人を動かすためには共感を呼ぶ説得力を持たなければならない。人間は社会的動物であり、群れをつくる習性は変わらない。だから、そこにはリーダーが必要になる。個としての人格の独立は当然であるが、群として協同しなければ新たな創造は生まれないはずである。権謀術数のようにとらえられて、あまり好まれる言葉ではないかもしれないが、今まで以上にリーダーには根回しする力が求められることになるだろう。客観的なエビデンスに加え、マイストーリーを持ち合わせているかどうかが説得する力のキーとなる。そしてその多くは若い時代の経験に基づくと思われる。とりわけ中学や高校時代のどのような出来事と触れたかということではないだろうか。スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学の卒業式でのスピ ー チ「We can’t connect the dots looking forward ; we can only connect them looking backward.(私たちは将来を予想して点と点をつなぐことはできず、過去を振り返ってつなぐことしかできない。)」は、私の目の前にいる若者たちに大きAI を超えるぬくもり巻頭言
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