ファイナンス 2025年8月号 No.717
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SPOT 22 ファイナンス 2025 Aug.融庁での人事や組織文化の改革の経験談を共有することは、「監督当局も自分たちと同じように人的資本経営では悩んだり、苦労したりしているんだな」と共感してもらえる効果があったと思います。自分自身で「この分野だったら任せろ」と言える強みがあればよいと思いますが、それが、監督や証券といった、局・課といった組織単位にとらわれる必要はないと思います。例えば、金融税制に精通する、デットもエクイティも含めスタートアップ・ファイナンスに詳しいなど、「どこで自分のエッジを立てるのか」という視点は、単なるポストの肩書き以上にこれからは重要になってくると思います。服部:学生と話していると、中央省庁に入ることで専門性がつかないということも気にしている印象ですが、金融庁、あるいは日銀の場合は、異動が多いとはいえ、金融というセクター内での異動になるので、少し状況は違うのかもしれない、とも感じます。例えば、現在の証券会社では異動が少なく、日本国債のトレーディングや株・社債の引受を入社以降ずっと従事するということも少なくありません。一つのことをずっとやるということも面白いですが、どうしても金融業界に関する見方が狭くなってしまうということはあると思います。証券会社に入っても、引受やM&A を行う投資銀行のセクションだけにいる場合、債券のトレーディングビジネスについては全く分からないということは珍しくありません。その一方、私自身は比較的異動も多かったですし、財務省での経験もあることから、若干引いた目線で金融業界をみることができるようになった気がします。ありがたいことに、私が書いた書籍や解説論文について実務家から分かりやすいと言っていただける機会もあるのですが、それはこのような経験があったことが大きいと考えています。学生から相談を受けることも少なくないのですが、結局、金融業界、あるいは社会でどういう役割を果たしたいかによると感じます。公務員をやめて民間に行く人もいるし、逆に、民間から公務員になるパスも今はかなり広くなっているのですから、新卒の段階でそれを決める必要もないと思います。新発田:少なくとも金融庁での経験をベースに申し上げれば、そもそも金融「システム」という言葉からもわかるように、お金の流れを通じて各主体がつながっているため、異動しても、どのポストから全体を眺めるかという違いはあるにせよ、一貫して「どうお金の流れを良くするのか」という視点を持ちやすい面があると思います。金融行政にとって大変重要だと私が思っている統計の一つに「資金循環統計」があります。これは二次統計であり、経済分析や景気判断に使われるような経済指標とは異なりますが、我が国の「資金の流れ」をホリスティックに把握できる面で大変優れものです。一般に、家計の保有する金融資産がどれだけあり、その内訳が預金や株式、投資信託等にどう振り分けられているのかはこの統計を見ればわかります。家計が銀行に預けた預金は、銀行の負債になりますが、その反対側の資産サイドには、貸出や国債等の有価証券がある。銀行の貸出は事業法人の負債となり、事業の運転資金に充てられる一方、資本市場から事業法人が調達した資本は投資に充てられ、事業の成長につながっていきます。まさに、「金は天下の回りもの」という言葉の通り、資金は様々な経済主体の間を流れ、経済成長を支えていることがわかります。こうした視点を持つと、金融庁のどのポストにいても、どこかで業務がつながっていることが分かります。一つの業務だけを見ていても全体像はつかめませんが、部署を異動することで視野が広がり、監督部門から企画部門へ異動すれば視点が変わります。その結果、異動すれば異動するほど、金融市場全体の解像度が上がっていくような感覚になります。これは、一種の「トライアンギュレーション(三点測量)」のようなもので、異なる視点から同じ対象を見ることで、ようやく全体像が見えてくるわけです。そうした中で、自分なりの金融システムについての世界観を構築するとともに、さきほどお話ししたように「経営」や「ガバナンス」といったイシューについても自分なりの視点が持てるようになりました。このように、金融は特に自分の経験を「つなぎやすい」分野だと感じています。服部:日本の役所に入ることの良さの一つは、実際の政策の企画・立案に携わることができることがあると思います。その観点では、最後に、新発田審議官がこれまで携わって一番面白かった政策は何か、というこ

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