連載PRI Open Campus(出所)日本家計パネル調査(JHPS)より筆者作成参考文献古村典洋・杉本陽・出水友貴・別所俊一郎(2020)「患者負担が医療サービスの利用及び健康状態に中期的に及ぼす影響 -- 生年月に基づく回帰不連続デザインによるエビデンス --」,KIER Discussion Paper Series,No.1902.田中隆一(2015)『計量経済学の第一歩 実証分析のススメ』,有斐閣.Fukushima, Kazuya, Sou Mizuoka, Shunsuke Yamamoto, and Toshiaki Iizuka(2016)“Patient Cost Sharing and Medical Expenditures for the Elderly,” Journal of Health Economics, Vol.45, pp.115-130.Komura, Norihiro and Shun-ichiro Bessho(2022)“The Longer-Term Impact of Coinsurance for the Elderly:Evidence from High-Access Case,” KIER Discussion Paper Series, No.1074.Komura, Norihiro and Shun-ichiro B ess ho(2025)“Dynamics of Consumer Responses to Medical Price C h a n g e s ,” American Economic Review:Insights, forthcoming.Shigeoka, Hitoshi. (2014)“The Effect of Patient Cost Sharing on Utilization, Health, and Risk Protection,” American Economic Review, Vol.104(7), pp.2152-2184.図 6 社会経済的状況による異質性:医療費(対数、医療費支出がある者のみ)化と健康状態や健康行動にはほぼ相関がないことが分かり、医療費の抑制は、必要性の高い医療サービスの利用まで抑制したものではないことが示唆された。次に、社会経済的状況による異質性を検証する。例えば、経済的にゆとりのある人は、自己負担割合が上がっても気にせず受診する一方で、ゆとりのない人は、負担割合の増加に敏感に反応し、受診を控える可能性がある。こうした異質性を検証するために、慶應パネルの調査対象者を社会経済的状況が良いグループと悪いグループに分け、それぞれのグループごとに、先程と同様の推定を行った。まず、過去 1 年間の医療費支出がない者も含めて推定を行ったところ、グループ間で明確な違いは見られなかった。次に、過去 1 年間の医療費支出が「あり」と回答した者に限定して推定した結果を、図 6 に示している。これを見ると、社会経済的状況が悪いグループの方が良いグループよりもやや強く医療費を抑える傾向がうかがえる。その差は、統計的に有意であるとまでは言えないものの、社会経済的状況が悪いグループほど、自己負担割合の引き上げに反応しやすい可能性があることには、留意が必要である。本研究では、自己負担割合の引き上げが医療費や健康状態等に与える影響を長期的に観察し、その異質性について分析を行った。具体的には、2014 年 4 月に実施された制度変更によって、70~74 歳の高齢者の自己負担割合が 1 割から 2 割に引き上げられたことを利用して、個人レベルのパネルデータを用いた差の差推定(年齢 DID)を行った。本研究の結果は以下のようにまとめられる。第1に、自己負担割合の引き上げは、医療費を抑制する効果を持つ。第 2 に、この効果は受診の有無よりも、医療機関を受診した者に限った場合の医療費の減少に現れる。第 3 に、この効果は負担割合の変化直後には顕現しない。第 4 に、自己負担割合の引き上げは、健康状態や健康行動には、有意な影響を与えない。第 5 に、医療費への影響は、社会経済的状況には大きくは依存しない。もちろん、本研究には今後の課題も残されている。例えば、本研究では、健康状態の指標として主観的健康状態を用いたが、客観的な健康指標は考慮していない。主観的指標に加え、BMI、血糖値、死亡率等の客観的指標を用いた分析を行うことで、自己負担割合の引き上げが健康に与える影響をより正確に評価することができるだろう。また、本研究では高額療養費制度の利用者を分析対象から除外しているが、同制度の利用者は、本研究の分析対象よりも、医療ニーズの高い人々であると考えられる。こうした人々では、自己負担割合の引き上げに対する反応も異なり得ることから、本研究の分析結果を単純に敷衍することはできない点には、留意が必要であろう。3 . おわりに 92 ファイナンス 2025 Jul.2 . 3 . 3 社会経済的状況による異質性
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