ファイナンス 2025年7月号 No.716
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連載PRI Open Campus (出所)日本家計パネル調査(JHPS)より筆者作成(出所)日本家計パネル調査(JHPS)より筆者作成図 4 医療費(対数)の回帰分析結果(医療費支出がない者も含む)図 5 医療費(対数)の回帰分析結果(医療費支出がある者のみ)*4) 「ふだんのあなたの健康状態はどうですか」という質問。5 つの選択肢(「よい」「まあよい」「ふつう」「あまりよくない」「よくない」)から 1 つを選択して回答する。対照群(70~74 歳の自己負担割合が 1 割)に比べて、医療費を抑制しているということを示している。図 4を見ると、70~74 歳の区間において点はゼロ付近を推移しており、2 つのグループに、医療費の差はないことを意味している。これは先行研究の結果とは非整合的な結果である。一方、「あなたは、昨年 1 年間に、病気やけがの治療のために費用をかけましたか」という質問に対して「あり」と答えた者、つまり実際に医療機関に行った者だけに限定して同様の分析を行った結果が図 5 である。69 歳まではゼロ付近を推移し、70 歳からマイナスの値に転じ、71~75 歳の間は統計的に有意にマイナスの値となり(信頼区間がゼロを跨いでいない)、76 歳以降はまたゼロ付近に戻っている。このことは、医療機関を受診した者に限定すると、71~75 歳の期間に、自己負担割合が 2 割の処置群は、1 割の対照群に比べて医療費が抑制されていることを示している。これら 2 つの結果を踏まえると、自己負担割合の引き上げは、医療機関に行くか行かないか(extensive margin)には影響しないが、医療機関に行った際の医療費(intensive margin)には、一定の影響があるものと解釈できる。また、本研究の特徴として、医療費への影響を、自己負担割合に変化がある 70~74 歳を中心に、その前後も含め合計 13 年間にわたって長期的に追跡している点がある。自己負担割合の変化の影響を分析したShigeoka(2014)や Fukushima et al(2016)等の先行研究は、70 歳時点で自己負担割合が 3 割から 1 割に非連続的に下がることに着目した回帰不連続デザイン(RDD)を用いて、70 歳になるちょうどそのタイミングでの変化を分析しているが、この手法では制度変更の長期的な影響を分析できない。しかし、年齢 DID を用いた Komura and Bessho(2025)や本研究ではそれが可能である。そこで、自己負担割合引き上げの長期的な影響を見ると、負担割合が変化する 70 歳では、医療費の大きな減少は見られず、徐々に減少して 72 歳時点で最も大きく減少し、その後は負担割合に差がなくなった後の 75 歳まで大きく変動していない。この結果は、高齢者が自己負担割合の変化に対して、直ちに認識して行動を変化させるのではなく、時間の経過とともに行動を変える可能性を示唆している。さらに、自己負担割合に差がない75 歳時点でも、処置群と対照群に医療費の差があるという結果は、Komura and Bessho(2025)とも整合的である。2 . 3 . 2 健康への影響では、この医療費の抑制は、健康にどういった影響をもたらすのだろうか。医療費の抑制が、過剰な医療サービスの利用を止めた結果であれば望ましい変化と言えるが、必要なサービスまで仕方なく減らした結果として、医療費が抑制されたのであれば、それは問題である。慶應パネルには、主観的な健康状態*4 や喫煙・飲酒・運動の状況を尋ねる項目があるため、それらへの影響を分析した。その結果、自己負担割合の変PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 45ファイナンス 2025 Jul. 91

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