ファイナンス 2025年7月号 No.716
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*1) 70〜74 歳の高齢者の自己負担割合については、2006 年の法改正により、2008 年 4 月から 2 割に引き上げられることとされていたところ、特例措置により 2008 年以降も 1 割で据え置かれていたが、2014 年 4 月から特例措置が解除された。財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)では、職員が、大学等の研究者の方々と共同で研究を行い、その成果を論文として発表しています。今月の PRI Open Campus では、筆者が早稲田大学政治経済学術院の別所俊一郎教授と共同で実施した研究について、どのような学術的背景があるのか、どのような問題意識に基づく研究なのか、どのような貢献があるのか、といったことを、分かりやすくご紹介します。なお、本稿の内容は全て筆者の個人的見解であり、財務省および財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。日本では、1961 年に導入された国民皆保険制度により、ほぼ全ての国民が公的医療保険に加入している。この公的医療保険は入院・外来・調剤を包括的にカバーしており、患者が窓口で支払う負担が低く抑えられているため、コストを抑制するインセンティブが生じにくい構造となっている。このため、医療技術の進歩や高齢化の進展により、医療費は年々増加しており、制度全体の財政の持続可能性が危ぶまれているところである。公的医療保険制度の設計において、「どの世代に、どれだけの負担を求めるべきか」という議論は常に重要であり、こうした議論を行う上では、自己負担の効果、具体的には、自己負担割合の引き上げが医療費に与える影響を分析することが不可欠である。一見すると、単純に自己負担割合が異なるグループを比較すれば、その影響が分かりそうに思える。例えば 50 歳のグループと 80 歳のグループの医療費を比べたとき、80 歳のグループの方が、医療費が多いことが分かったとしよう。確かに、両グループの自己負担割合は前者が 3 割、後者が 1 割と異なっている。しかし、年齢が違えば健康状態や就業状態も異なり、医療費には、こうした差異が強く影響していると考えられるため、単に「自己負担割合が低いから医療機関に多く行っている(医療費が多い)」とは言い切れない。自己負担割合の引き上げが与える影響を明らかにするには、自己負担割合「のみ」が異なり、それ以外の条件が同一のグループを比較する必要がある。そこで、筆者らが着目した 2014 年の制度変更を紹介したい。医療費の高騰を背景に、近年、高齢者の自己負担の引き上げが進められている。その改革のうちの1つが、2014 年 4 月から実施された 70~74 歳の高齢者の自己負担割合の引き上げである。2014 年 3 月以前は、70 歳以上の高齢者の自己負担割合は原則として 1 割であったが、2014 年 4 月以降に 70 歳に達した者、つまり 1944 年 4 月以降に生まれた者については、70~74 歳の自己負担割合が 2 割に引き上げられた*1。一方で、不利益変更を避けるため、2014 年 4 月の時点で 70~74 歳に達している者であっても、1944 年 3 月以前に生まれた者については、1割負担に据え置かれた。また、75 歳以降は、生年月1.はじめに 西田 安紗財務総合政策研究所 総務研究部 研究員 88 ファイナンス 2025 Jul.1 . 1 公的医療保険制度の概要1 . 2 2014 年の制度変更の内容医療保険の自己負担の動学的効果:年齢 DID アプローチ45PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~連載PRI Open Campus

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