海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー ミレイ大統領と大統領就任式に出席した山東昭子特派大使。奥はモンディーノ外相(当時)(在アルゼンチン日本国大使館 HP より)*2) カリーナ・ミレイ氏はミレイ政権で大統領府長官を務めています。*3) ミレイ氏としては、新古典派の理論では独占や寡占が市場の失敗としてマイナスに捉えられるものの、実際にはそうした現象が経済成長を実現している点に違和感を覚えたようです。きな心の支えとなっていたようです。*2 若い頃はアルゼンチン人らしくサッカーに打ち込み、クラブチームのゴールキーパーとしてプレーしており、キーパーとしては低身長なのを補うべく日々努力を重ねたと言います。また、ローリング・ストーンズのファンでもあり、カバーバンドを組んでボーカルをしていたこともあるようです。経済学に深い関心を持ったのは、次節で説明する1980 年代末のハイパーインフレを大学生のときに経験したことがきっかけだったと語っています。ベルグラーノ大学を卒業後に、経済社会開発研究所(IDES)とトルクアルト・ディテラ大学で修士号を取得し、その後は民間企業でエコノミストとして働くとともに、複数の大学で教鞭を取ります。当初は新古典派のマクロ経済学や経済成長理論に傾倒しますが、次第に新古典派の理論への違和感を覚える中で*3、市場機能を信頼し国家の介入に極めて批判的なロスバートの著書を読んだことで、オーストリア学派の経済学を信奉するようになったと語っています。こうしたエコノミストとしての活動の傍ら、テレビ討論番組に度々出演し、歯に衣着せぬ激しい発言で注目を集めるようになりました。さらに、自由主義の考え方を広める「文化的闘争」として、胎児を含む個人の生命と財産の徹底した保護を訴えて、2021 年の連邦議会選挙に「自由の前進(LLA)」を立ち上げて立候補します。コロナ禍で社会の閉塞感が広まる中で、現状打破を望む若者を中心に支持を獲得し、当選に至ります。議員当選後は、議員報酬を抽選で支持者に渡すといったイベントも行って注目を集め、2023 年の大統領選挙へと立候補します。その後の足跡については項を改めて説明するとして、ここではミレイ氏の人物評について少し触れようと思います。辛い幼少期を過ごしたこともあってか、各方面から情緒不安定だという評価を受けることが多く、過激な主張もあって度々「ロコ(頭のおかしい男)」という呼ばれ方もされています。他方で、嘘をつくと却って損になると考えるタイプだとか、内省的で人をよく見る性格という評価もあるようです。また、革ジャンを着てロックなパフォーマンスをしている姿がよく取り上げられますが、一方で大のオペラ好きという一面もあり、大統領就任式で各国の代表者を招いた演奏会では、自身の思い入れのあるオペラに由来する曲「ロコへのバラード」を演目に入れています。山東昭子特派大使を代表とする日本政府代表団との会談でも、オペラの話を楽しそうにしていたようです。ちなみに、「ロコへのバラード」の作曲者は伝統的なタンゴに一石を投じたアストル・ピアソラであり、ミレイ大統領は変革者としての自分を重ねるという意味合いも込めて選曲したのではないか、との見方もあります。経済学者としてのミレイ氏は、市場機能を重視し国家の介入を極力排除することを是とするオーストリア学派に傾倒していると自認しており、ケインジアン的な学説を徹底的に批判する点が特徴的です。演説では度々、「ケインズは経済学の講義を数カ月受けただけであり、部分均衡と一般均衡の区別ができていない」といった趣旨の発言をしています。金利についても、本来は将来の財との相対価格として市場機能の下で決まるべきで、景気調整のために中央銀行が金利を操作すると却って変動が助長されるとしています。また、ファイナンス 2025 Jul. 69(3)経済学者としての思想(2)横顔
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