連載各地の話題 佐嘉神社三重津海軍所跡地旧古賀銀行佐賀空港でお出迎えする恵比寿様三重津海軍所は、嘉永 6(1853)年のペリー来航後、時代が大きな転換期を迎えようとしていく中、安政 4(1857)年に佐賀藩が海軍取調方を置き、翌年三重津に御船手稽古所を置いて独自に海軍技術の教練を行うこととしたことがはじまりとされています。当時、三重津海軍所では単なる伝習所としてではなく、蒸気艦船の製造も目指しており、慶応元(1865)年に日本初の実用蒸気船「凌風丸」を完成するなど、幕末の日本において近代海軍の始まりを象徴する重要な場所でした。現在、三重津海軍所跡には歴史館が設立されており、当時の貴重な遺構や資料が展示されており、海軍所の歴史や近代化の過程、技術革新に関する展示を行っており、来館者に幕末の歴史的背景を学ぶ良い機会を提供しています。江戸時代に佐賀藩を通る重要な交通路であった長崎街道、昔は商業や文化交流に大事な街道として多くの人々の往来を支えてきたことで知られていますが、この旧街道沿いには、現在も貴重な歴史的建造物が整備、保存されており、佐賀市歴史民俗館として昔の面影を今でも残しています。この建築群は、主に明治、大正期に建築された銀行や町家などであり、全部で 7館(旧古賀銀行、旧古賀家、旧牛島家、旧三省銀行、旧福田家、旧森永家、旧久富家)が残されており、観光・見学施設として公開されている他、コンサートなどのイベント会場としても活用されています。佐賀市内には 800 体余の恵比寿像が祀られており、その数は日本一ともいわれており、地域の商店街の一角に位置するなど、恵比寿様を祀った小さな祠が多数あります。もともと、佐賀で恵比須信仰が始まったのは、鍋島藩初代藩主の鍋島勝茂公が西宮神社(兵庫県西宮市)に崇敬が深かったことに由来するといわれていますが、多くの恵比寿様が祀られるようになったのは、長崎街道の宿場町として栄えた街であったことか佐賀市ファイナンス 2025 Jul. 99○まちかど恵比寿さん○三重津海軍所跡○佐賀市歴史民俗館(レトロな建築群)
元のページ ../index.html#103