連載海外 ウォッチャーこうした空気の中で迎えたのが、2024 年 9 月の大統領選挙です。この選挙では、左派政党である JVP(人民解放戦線)を中心とした野党連合「国民の力(NPP)」を率い、反汚職・反既得権益を強く訴えてきたアヌラ・クマーラ・ディサナヤケ党首が勝利し、新たな大統領に就任しました。ディサナヤケ大統領は労働者階級出身で、ラージャパクサ大統領(一家)やウィクラマシンハ大統領のようなこれまでの伝統的なエリート政治家とは一線を画する人物であり、既存政党に対する不信感を抱える有権者から支持を集めました。続 い て 行 わ れ た 2024 年 11 月 の 議 会 選 挙 で は、NPP が大躍進を遂げ、国会での議席数をそれまでの 3議席から一気に 159 議席(全 225 議席中)へと伸ばしました。これは単独過半数を大きく上回る勝利で、既成政治からの脱却や汚職の根絶を求める国民の強い願いが反映された結果で、多くの有権者が、ディサナヤケ大統領に変化への期待を託した選挙だったといえます。ディサナヤケ大統領の就任以降、政権の姿勢や政策運営の方向性は、これまでとは異なるものとなっています。反汚職・反既得権益は最大の公約の一つで、政権発足後、すでに複数の元政治家や公務員が逮捕されるなど、公約は、実際の行動に移されています。これまでスリランカでは、汚職の存在が広く知られていながらも、それについて公の場で語ることは避けられる傾向にありました。しかし今では、汚職が社会に根深く存在していたという現実を前提に、それを是正する制度構築を堂々と進める雰囲気が国全体に広がっており、政治文化の変化を強く感じさせます。さらに、貧困層向けの社会保障の充実やデジタル経済の基盤構築に加え、環境・社会・倫理の三本柱に基づきクリーンな国家を目指す「クリーン・スリランカ」構想など、新たな政策の展開にも意欲を見せています。選挙期間中、ディサナヤケ陣営は、実施中の IMF支援プログラムについて国民の負担が重すぎるとして再交渉を主張していましたが、政権発足後は国際約束を尊重する現実路線をとり、結果として、前政権からの対外経済政策の基本方針は継承され、国際社会からの信頼を損なう事態には至っていません。もっとも、今回の選挙で、初当選した NPP の議員の多くは、大学教授や医師、弁護士など、政治や行政の経験を持たない人々です。こうした議員(大臣になった議員を含む)の手腕は未知数であり、政権運営における不確定要素として残ります。現在のところ、ディサナヤケ大統領と NPP に対する国民の期待は依然高いものの、これまでの選挙で見られたように、もし期待が裏切られれば、次回の選挙で再び民意が大きく揺れ動く可能性も否定できません。中には、今回の政権が成果を上げられなければ、既得権益層の政治家にも戻れず、国として次に選ぶべき道が見えなくなるのではないかと懸念する声も聞かれます。スリランカ経済は、2023 年後半から 2024 年、そして 2025 年にかけて、ようやく危機対応の段階から再建、そして成長を模索する段階へと移行しつつあります。GDP 成長率は 2023 年第 3 四半期に 6 期ぶりにプラスに転じ、2024 年は 5%を記録。物価も落ち着き、観光収入や海外労働者からの送金の回復により、経常収支の改善が続いています。さらに、IMF や世界銀行、アジア開発銀行(ADB)からの支援資金の着実なディスバースも進み、外貨準備高は大きく増加。為替レートも安定を取り戻しています。2025 年には、自動車の輸入制限が 5 年ぶりに解除されるなど、経済の正常化に向けた動きが徐々に広がりつつあります。とはいえ、経済の回復はあくまで脆弱な基盤の上に成り立っており、最大の輸出先(主な輸出品はアパレル)である米国の通商政策など、外的要因の影響を受けやすい構造は依然として残されたままです。今後の見通しにはなお不確実性がつきまとっており、持続可能な経済成長には、新産業育成のための明確な戦略を 68 ファイナンス 2025 Jun.「アヌラ・クマーラ・ディサナヤケ大統領」(提供元:スリランカ大統領府) 6 6 今後の展望と日本との関係強化
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