ファイナンス 2025年6月号 No.715
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海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー 援を主導しているという強いメッセージを内外に示す場となり、債務再編の着地に向けた国際的な協調の雰囲気を醸成する上でも大きな意義があったと考えています。とりわけ、債務再編の複雑な調整過程における関係国間との信頼関係の維持・強化という点において、日本の政治的関与が果たした役割は小さくありませんでした。スリランカ政府は 2024 年 6 月、OCC 及び中国(中国輸出入銀行)との間でそれぞれ債務再編の最終合意を実現しました。国際ソブリン債についても 2024 年12 月に新債券への転換が実施され、スリランカの債務再編が概ね完了しています。この間、ウィクラマシンハ大統領は、IMF 支援プログラムへの合意と改革の遂行、さらには複雑な債務再編交渉の妥結に至るまで、一連の危機対応を主導し、国際社会から高い評価を受けました。国内では、物価高などから、国民生活の改善が十分に感じられず、必ずしも広範な支持を得るには至りませんでしたが、こうした実務的な対応は、スリランカ経済の安定化に向けた重要な転機として位置付けられます。日本政府は、危機対応の初期段階から積極的な支援を展開しました。2022 年以降、1.1 億米ドル超の無償資金援助により医療・食料等の人道分野での支援を行っています。OCC とスリランカ政府が債務再編に最終合意をした後の 2024 年 7 月には、デフォルトにより一時停止していた 11 件の円借款事業の貸付実行を他の債権国に先駆けて再開し、さらに、2025 年 3月には、スリランカ政府との間で債務再編に関する日本とスリランカの二国間の法的文書を OCC メンバーの中では最初に締結し、支援再開を象徴づけました。このように、IMF 支援プログラムと債務再編という2 本柱を通じて、スリランカは社会経済改革と財政再建に取り組み、日本は調整役と支援国の双方の立場から、そのプロセスに継続的に関与してきました。2022 年 7 月、経済危機に端を発した大規模な抗議活動は、政権交代をもたらしました。ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領は、抗議デモが拡大する中、空路国外へ脱出し、任期途中で辞任を表明。その後、国会での選挙により、ラニル・ウィクラマシンハ首相(当時)が大統領に就任しました。ウィクラマシンハ大統領は、国民からの支持率が一貫して低い政治家でしたが、それでも、大統領として前任が残した任期を全うし、経済と国際社会からの信頼回復に注力しました。2023 年 3 月には IMF 理事会にて 支援 プロ グラム の承 認を 獲得 する ととも に、2024 年 6 月には、公的債権国会合(OCC)及び中国との間でそれぞれ債務再編の最終合意に至り、公的二国間債務の再編が実質上ほぼ完了します。これら一連の成果は、前政権では実現困難とみられていたものであり、ウィクラマシンハ大統領は、国際社会からは高く評価されています。しかし、IMF プログラムによる支援を受けるためには、財政健全化等に向けた改革の実施が条件となっていることから、国民の生活が楽になることはありませんでした。特に中間層・低所得層にとっては、増税や電力料金の引き上げ、輸入品の価格の高騰等が重くのしかかりました。貧困率が 2021 年の約 13%から、2023 年には 25%近くまで倍増したという世界銀行の報告もあります。国家による最低限の生活保障を当然の権利として享受してきた国民にとって、それが損なわれたことへの失望は、政権への不満を一層強める結果となりました。また、ウィクラマシンハ政権が、ラージャパクサ前政権時代の汚職疑惑のある古い政治家等を引き続き要職に起用し続けたことも、旧体制の継承者として批判を招く要因となりました。ファイナンス 2025 Jun. 67「鈴木財務大臣(当時)のスリランカ訪問(左から、鈴木財務大臣、筆者、ウィクラマシンハ大統領兼財務大臣)」 5 5 政権交代と政治改革

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