ファイナンス 2025年5月号 No.714
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SPOT 52 ファイナンス 2025 May.*5) 花崎・羽田(2017)は、製造業の企業データを用いて、日本企業の過度な安全性志向が投資に影響を与えうるか検証している。近年、企業はM&A及びR&Dへの投資を重視する傾向にあることに加え、資金余剰企業は資金不足企業と同様に内部資金の水準を投資水準の重要な根拠としている一方で、相対的に投資に積極的な資金不足企業は、実物要因に加えてキャッシュフローなど資金要因を投資判断において重視していることなどを明らかにしている。*6) 福田(2017)は、近年、日本企業の現金・預金保有額が拡大している背景について、中堅・中小企業では、借入制約に備えて現金・預金を保有するという予備的動機の影響がある一方で、大企業では、国内市場の中長期的な成長に対する不確実性が高いため、国内投資を実現する機会がなかったことが要因であると考察している。*7) 土屋(2021)は、財務状況及び、資金調達環境が中小企業の設備投資行動に及ぼす影響を分析している。財務状況は設備投資に有意に影響を与えることに加えて、企業規模が小さくなるほど、キャッシュフローよりもストックである現金・預金残高の重要性が高まることや、信用保証制度の利用は、設備投資を押し上げる効果を有していることを明らかにしている。また、負債比率の上昇が設備投資を下押しする圧力は、現金・預金比率が与える影響よりも小さく、時系列的にもその影響が小さくなっていることも明らかにしている。3 分析の枠組み(2022)が指摘しているように、ナイト流不確実性は、「上昇」、「不変」あるいは「下降」とまでは判断でき「不明」の割合が、設備投資に与える影響を分析した。(花崎・羽田(2017)*5、福田(2017)*6、土屋(2021)*7企業がナイト流不確実性に直面しているものと解釈できるとしている。また、Morikawa(2021)は、「不明」の回答割合は、企業が直面する主観的不確実性を把握する上で有用性が高いと述べている。なお、森川てもその主観的確率が不明な状態も含むため、先行きの方向性がわからないだけの状態は、ナイト流不確実性を狭義に捉えている可能性がある。以上、不確実性の計測に関する研究を概観したが、本稿の冒頭でも述べたとおり、不確実性が企業活動に与える影響については、近年、多くの関心を集めている。特に、不確実性の増大が設備投資に与える影響に対する関心は高く、多くの研究者が、不確実性の増大は個々の企業の設備投資と負の関係があることを報告している(Morikawa(2018)、藤谷他(2022)、森川(2022)、山口(2024))。本稿では、企業が直面する主観的不確実性に対する代理指標としての、予測調査における判断項目の回答この点において、本研究は、Morikawa(2018)及び森川(2022)の流れを汲むものであるが、先行研究が個々の企業が直面する不確実性とその影響に着目しているのに対し、本稿では集計データを用いることで、不確実性の程度がマクロとしての投資活動にどのような影響を及ぼしているか分析をした。また、設備投資の決定要因は企業規模や財務状況により大きく異なることが、多くの研究により明らかにされておりなど)、本研究では、各種財務指標の影響を考慮した分析を行った。具体的には、花崎・羽田(2017)及び土屋(2021)が設定したトービンのq理論をベースとした設備投資関数を集計データに適用し、予測調査における判断項目の回答「不明」の割合を新たな変数として加えたモデルによる分析を行った。以上の点が、本研究の主な貢献である。また、先行研究はいずれも、個票データを用いたミクロ分析であるが、集計値レベルのデータを用いても、ある程度の意義のある結論が導けるという点において、本研究の貢献は少なくないといえる。既述のとおり、本研究では、トービンのq理論に基づく設備投資関数に、不確実性指標を変数として組み入れている。ここで、トービンのqは、株式市場で評価された企業価値の、企業の有する資本ストックの再取得価格に対する比として定義される。しかしながら、多くの企業、特に中小企業については分子に当たるデータは一般に得られない。これに関して、花崎・羽田(2017)及び土屋(2021)では、財務情報を用いたトービンのqの代理変数を提示している。本研究では、法企調査の公表データを用いて上記研究と同様の代理変数を構築した。一方、不確実性指標には、森川(2022)に倣い、予測調査の判断調査項目「貴社の景況」及び「国内の景況」に対する、翌期及び翌々期における回答「不明」の割合を使用している(以下、それぞれ「自社不明」、「国内不明」)。本研究では、これに加え、不確実性指標として、予測調査における他の判断項目、「生産・販売などのための設備」に対する、翌期末及び翌々期末における回答「不明」の割合も使用した(以下、「設備不明」)。企業が設備投資を行うかは、設備の過不足感に対する見通しに左右されると考えるのは自然である。実際、設備の過不足感を尋ねる判断項目「生産・販売などのための設備」の回答「不明」の割合と、設備投資との間には強い関係が確認できる(図3)。

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