SPOT財務総合政策研究所 副所長 鈴木 孝介財務総合政策研究所調査統計部 統計企画係長 櫻井 智章 50 ファイナンス 2025 May.*1) 本稿の執筆にあたっては、財務省財務総合政策研究所の小宮義之所長、宮本弘曉統括主任研究官、山川潤一調査統計部長をはじめとする調査統計部の方々及び中央大学商学部福田公正教授に有益なコメント等をいただいた。この場を借りて感謝申し上げる。なお、本稿の内容は著者らの個人的見解であり、所属する組織のものではない。*2) 例えば、「植田総裁記者会見(2月27日)――G20終了後の斎藤財務副大臣、植田総裁 共同記者会見における総裁発言(2025年3月3日:日本銀*3) 判断調査項目には、「貴社の景況」及び「国内の景況」の他に、「生産・販売などのための設備」及び「従業員数」がある。前2者については、当期、翌期、翌々期の景況判断を「上昇」、「不変」、「下降」、「不明」から選択する形式である一方、「生産・販売などのための設備」については「不足」、「適正」、「過大」、「不明」から、「従業員数」については「不足気味」、「適正」、「過剰気味」、「不明」から各期末における判断を選択する形式の調査項目である。*4) 消費動向調査(内閣府)には家計の物価見通しについて「分からない」という回答の選択肢がある。行)」など。*11 はじめに今般、地政学的な動向や各国通商政策の展開により、世界経済の先行きに対する不透明感・不確実性の高まりが注目されている*2。従前より、先行きに関する不確実性の変化は経済主体の行動に様々な影響を与えると考えられてきたが(Knight(1965))、近年、未知の感染症が未曾有の規模に拡大したコロナ禍下において家計や企業の期待形成が極めて困難となったことを受け、後述するように不確実性に関する実証研究に高い関心が寄せられている。一般に先行きに対して家計や企業が有する不確実性を直接捉えることは難しく、これまでの研究の多くは、株価のボラティリティや各種経済指標の見通しに対する予測誤差等の代理変数を通じて、不確実性を間接的に捉えようとしてきた。一方、企業における主観的な不確実性が直接把握可能なものとして法人企業景気予測調査(内閣府・財務省、以下「予測調査」)がある。同調査では、回答企業における自社や国内の景況感を調査しており、当期、翌期及び翌々期に関する景況判断を「上昇」、「下降」、「不変」、「不明」の中から一つ選択する形で尋ねている*3。我が国の企業や家計の景況感については様々な機関がDiffusion Indexなどの指標を公表しているが、「不明」を含むものは著者らが調べた範囲では見当たらず、予測調査のデータは極めてユニークである*4。また、Morikawa明の回答は、企業が直面する主観的不確実性を把握する上で有用であると結論付けている。不確実性が企業活動に影響を与えることは、これまでの多くの研究において明らかにされている。例えば、見通しに対する不確実性が高い状況においては、企業は設備投資への資金配分を減らし、安全資産である現金・預金の保有比率を高める傾向にある、といったことが挙げられる(増田(2020)、藤谷他(2022)、森川(2022)、山口(2024)など)。予測調査によると、2008年の世界金融危機や2020年の初頭に始まった新型コロナウイルス感染症の流行を機に、自社の景況感に対する不明の割合が大幅に増加した(図1)。特に、コロナ禍初期の増加幅は大きく、その後、落ち着いたものの依然としてコロナ期前よりも高い水準で推移している。また、同推移は、現金・預金や設備投資の推移との関連が見られる。特に、設備投資との関連は顕著であり、2008年以降、両者は概ね逆の動きをしていることがわかる(図2)。これに対し、現金・預金は、関連は弱いものの、世界金融危機以降、増加に転じたことや、コロナ禍初期における大幅な増加など、自社の景況感不明の変化点で大きく変化しており、両者の関連がうかがえる(図2)。もっとも、コロナ期における現金・預金の増加は、給付金など政府による支援策の影響を受けている可能性がある(内閣府(2023))。このようなことから、主観的不確実性が企業活動に与える影響を把握することは重要なテーマであると言える。本稿では、先行研究を基に、予測調査及び法人企業統計調査(財務省、以下「法企調(2018)及び森川(2022)は、予測調査における不企業の主観的不確実性と設備投資
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