SPOT 44 ファイナンス 2025 May.ASEAN+3をはじめとした域内の協力枠組みを通じた官民連携の議論や政策調整が、CATボンド市場の拡大、保険設計に係る課題として、パラメトリック型トリガーの採用においては、ベーシスリスク(実際の損失と保険金支払いの条件との乖離)が生じる可能性があり、アジア太平洋地域特有の災害パターンを適切に反映したリスクモデルの構築が必要である。投資家側の課題として、アジア地域の機関投資家におけるCATボンド投資に関する理解と経験が不足しているため、欧米の専門ファンドに対して、地域内の投資家の参加は限定的となっている。また、個人投資家向けのCATボンド関連商品(投資信託やETF)が限定的であり、個人資金の流入が制約されている。また、セカンダリ市場も未発達であり、投資家による売買が容易でない状況にある。加えて、プライシングの透明性も課題となっている。保険料と債券金利で構成されるクーポンのうち、特に保険料水準の適切性を判断する情報源が限られており、個人投資家がリスク・リターン特性を正しく把握できない状況にある。4.アジア太平洋地域におけるCATボンドの方向性前述の要因を踏まえ、アジア太平洋地域におけるCATボンド市場の発展の方向性として、いくつかの重要なアプローチが考えられる。まず、パラメトリック型トリガーは、伝統的保険における損害査定能力が未整備な地域でも導入可能であり、マグニチュードや風速等の客観指標に基づく明快な発動条件により、投資家・スポンサー双方に理解しやすいという利点がある。一方で、パラメトリックトリガーの最大の課題であるベーシスリスクに対しては、例えば台風の風速等の単一指標ではなく、降水量や継続時間等の複数の関連指標を組み合わせた設計や、災害強度に応じた段階的支払い構造の採用、信頼性の高いデータインフラの整備が不可欠である。またマルチペリル型・マルチスポンサー型CATボンドによるスポンサー層拡大も重要な方向性である。一般に、スポンサーにとって、単一の災害種別ごとに複数のボンドを発行するシングルペリル型のCATボンドよりも、複数の災害種別をまとめてカバーするマルチペリル型の方が、発行のコスト効率が高くなる。また、中小企業や開発途上国政府等、単独でのCATボンド発行が困難なスポンサーの参加を促進するため、複数スポンサーで発行コストを分担することで、一スポンサーあたりの負担を軽減できる利点がある。現在の主たる投資家である専門ファンドや保険会社は、リスク評価が比較的容易で、ポートフォリオ構築の柔軟性が高いシングルペリル型のCATボンドを選好する傾向にある。一方、単一のボンドで一定のリスク分散効果が期待できるマルチペリル型やマルチスポンサー型は、個人投資家を含む新規の投資家層を拡大する上で有効な手段となり得る。透明性の高いプライシングも市場発展の□である。例えば、世界銀行はブック・ビルディング方式を採用し、多数の投資家と再保険会社が同一のオーダーブックに参加することで適正な価格形成を実現している。投資家層拡大の観点からは「CATボンドのETF化」も有効な手段である。多くのCATボンドは、米証券取引委員会の規則144Aに基づき、適格機関投資家を対象に発行されている上、リスク評価の複雑さや、セカンダリ市場の流動性の低さから個人投資家の参画は難しい状況にある。一方で、近年欧州では個人投資家保護を目的としたUCITS規制に準拠したCATボンドファンドが登場している。また、2025年4月には、世界初のCATボンド特化ETFである「Brookmont Catastrophic Bond ETF」がニューヨーク証券取引所に上場された。こうした商品の登場は、個人投資家がCATボンド市場に参加できる環境を創出するものであり、アジア太平洋地域における投資家層拡大の上でも有効となる可能性がある。その他、迅速かつ低コストで発行できる環境整備のための発行フォーマットの標準化、ブロックチェーン技術の活用によるCATボンドのスマートコントラクト化、ESG投資としての位置づけ、市場育成のための税制優遇や助成制度等、アジア太平洋地域におけるCATボンド市場の拡大に係る論点は多岐に渡る。ひいてはアジア太平洋地域における自然災害のプロテクションギャップ縮小のために重要となる。
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