連載海外経済の 潮流4.おわりにコラム 海外経済の潮流 155一方、主に中低所得者層を対象に公約に掲げたチップ非課税や残業代非課税といった政策については、財政規律を重視する共和党保守層の反対も予想され、実現できるかは不透明だ。さらに、2月下旬に下院で可決された2025会計年度(24年10月~25年9月)の予算決議案では、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)やフードスタンプ(低所得者向け食料支援)といった社会的なセーフティーネット制度の歳出削減案が盛り込まれた。今後の審議のなかで修正されていく可能性はあるが、現時点までの情報を踏まえると、低所得者層に恩恵をもたらす政策になる見込みは低いように思われる。トランプ大統領は、AIのグローバルリーダーシップを維持することを目的にAIに対する規制緩和を指示する大統領令*9を発表している。AIの規制緩和は、生産性向上により経済成長を促すとの期待は高い。一方、ブルッキングス研究所の分析では、AI技術による生産性向上は高所得労働者に集中する点や、仕事の自動化が進むことで低スキル労働者の失業リスクが増大する点が指摘されている。こうした指摘に対し、ブルッキングス研究所は「教育」をポイントに挙げ、低所得者層を含めた広範な労働者がAI技術を活用できるように支援することが重要だと提言する。教育機会の確保は、世代を通じた貧困の固定化を防ぐ観点からも有効だとの分析も多い。一方、トランプ大統領は低所得者層の教育支援を担う教育省の廃止を目指している。省庁の廃止にあたっては議会の議決を得る必要があり、政策の実現可能性は不透明であるが、トランプ大統領の意向どおり教育省が廃止されれば、AIの技術進歩による低所得者層への恩恵が及びにくくなる可能性がある。トランプ大統領は、3月4日の施政方針演説で「最優先は経済再建」と宣言し、「労働者世帯に劇的かつ即時の救済をもたらす」と強調した。現在明らかとなっている政策内容をみると、特に低所得者層を苦しめるインフレへの対策については不透明感がある上、財政政策や教育政策などでは低所得者層向けの支援を停止または抑制する動きが見られる。足元では、保護主義的な政策懸念を背景とした企業や家計の景況感低下や、低所得者層を中心とした消費減速の動きも見られており、今後の政策動向によっては更なる消費減速などを通じて米国経済が下押しされるとの懸念が高まっている。こうした状況において、困窮する低所得者層をはじめとする家計や消費の動向を確認することは、米国経済の動向を把握するうえでより重要になっていくと考える。米国の先行き不透明感が高まるなか、より丁寧に経済動向を注視してまいりたい。(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、ありうべき誤りは全て筆者に帰する。 72 ファイナンス 2025 Apr.*9) REMOVING BARRIERS TO AMERICAN LEADERSHIP IN ARTIFICIAL INTELLIGENCE(2025.1.23)(参考文献、出所)・Rajashri Chakrabarti, Dan Garcia, and Maxim Pinkovskiy(2023), “Inflation Disparities by Race and Income Narrow” Federal Reserve Bank of New York, Liberty Street Economics・Rajashri Chakrabarti, Dan Garcia, and Maxim Pinkovskiy(2024.9), “The International Economic Implications of a Second Trump Presidency” Peterson Institute for International Economics, Working Paper・Kimberly Clausing and Mary E. Lovely(2024.5), “Trump's proposed tariffs and tax cuts would hurt low-income Americans the most” Peterson Institute for International Economics・Sam Manning(2024.7), “AIʼs impact on income inequality in the US” The Brookings Institution・(独)エネルギー・金属鉱物資源機構 高木路子“米国トランプ新政権のエネルギードミナンス〜貿易政策、企業マインド、技術開発、地域集中〜”(2025年1月)・米商務省、FRB、WHITE HOUSE、各種報道等(JETRO、ロイター、Bloomberg、日本経済新聞等)(3)AIの規制緩和と教育政策
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