ファイナンス 2025年4月号 No.713
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SPOT(左「浮舟」の中村勘三郎と中村歌右衛門 日本商業演劇史 - 国立国会図書館デジタルコレクション。右「空蝉」の舞台。水谷八重子と市川中車 日本商業演劇史 - 国立国会図書館デジタルコレクション)「源氏物語」(舟橋聖一脚色、谷崎潤一郎監修…紫式部「若紫」「紅葉賀」「賢木」を六幕に構成…。猿之助(猿『須磨源氏』を加えた」という。「『源氏物語』を原文を併演し…夜の部は『暫』『神霊矢口渡』『夕顔棚』『助六由縁江戸桜』・歌舞伎十八番を三つも並べた。その学会・日本文芸家協会・朝日新聞社文化事業団協賛)は、前半約三分の一に当たる『桐壺』「空蝉」「夕顔」翁)の御門、梅幸の桐壺の更衣・藤壺女御、笑猿(岩井半四郎)の若き光君、橋蔵の葵の上、海老蔵(十一代目團十郎)の光君、…二代目松緑の頭中将、…の配役。…大して入らないと劇場側が半ばあきらめていた歌舞伎座の『源氏物語』が前売り開始と同時に殆ど売り切れて六白円の入場券に二千円のプレミヤがついたり…いつもなら八百万円どまりの仕込み費を千五百万円(そのうち源氏物語だけで千百万円近く)も気張り、赤字を覚悟でイチかバチかの冒険を試みたのだが、…前売りは飛ぶように売れるし、先月まで半分くらいしか入らなかった三階席まで学生で満員、立見席の入口なんか延々長ダの列」となり、「時間がはみ出して、第二幕全四帖と第三幕第一場をカットしてしまった。ところが観客から苦情は百出、…興行の安全弁につけた『勧進帳』をやめてもカットした部分を出せとの投書が、しきりに舞い込んだ」という。大好評を受け、「『源氏物語』は十月に改訂・増補として再び上演…、『勧進帳』併演をやめて、昼の部一本建て、から舞台化するのは、歌舞伎の長い歴史の中でも画期的な企画」だと言い、昭和27年、29年、32年などと「繰り返すことによって演技・人気が充実して『海老様ブーム』を起こしていった」という。最近でも、昨年、「歌舞伎座10月公演の夜の部では、紫式部による五十四帖に及ぶ長大な全篇のうち、光源氏とその妻・葵の上、六条御息所の三者の恋愛模様を新たに描く『六条御息所の巻』を上演」(坂東玉三郎:六条御息所、市川染五郎:光源氏)。この演目を含む10月歌舞伎の夜の部は満席で席が取れず。伝統芸能だけではなく、現代も舞台や映像で度々取り上げられ、当代の美男美女が演じる。「近代の享受と海外との交流」によると、歌舞伎の「舟橋源氏に二年おくれ、北条秀司の源氏物語劇が生まれた。その最初は二十八年七月明治座初演の『浮舟』」。これは昭和26年の「婦人公論」の年間読者賞の作品。「各方面から上演の希望があり、…結局中村歌右衛門が松竹大谷社長に直談判して、吉右衛門劇団が明治座で上演」、ラジオでも「NHKが…初めての長時間放送を行い、全国の聴取者を独占して成功を収めた」という。この「浮舟」の上演については、「日本商業演劇史」によるとすったもんだがあったようで、「芝居道で『揉めた芝居ほどよく当たる』という古言があるが、まさにその通りで『浮舟』は舞台営業両面に大のつく成果をあげた」という。舞台劇「浮舟」の成功が、その後に「空蝉」(29.7)「妄執」(30・2)「末摘花」(30.11)「明石の姫」(32・2)「続明石の姫」(32.10)「落葉の宮」(34.6)「光源氏と藤壺」(36.7)「現代訳源氏物語」(53.1)等のほか、歌劇の「朧夜源氏」(36.1)舞踊鷁の「うきくさ源氏」(33.4)「若菜源氏」(42.5)など、数々の北条源氏の作を生み脚光を浴びさせた」という。この頃、喜劇役者エノケンも登場。「映画の中の古典芸能」」によると、「『源氏ブーム』にあやかって、二七年三月一日初日で帝国劇場で谷崎潤一郎作『鴬姫』のパロディーと称する『浮かれ源氏』が登場…(エノケンの光源氏、笠置シヅ子の京極姫…)」。三島由紀夫にも「能楽(謡曲)を現代風にアダプト」した一幕物集の「近代能楽集」があり、昭和29年1月号の『新潮』に発表された「葵上」は、若林光が入院中の妻葵を見舞うと、真夜中に六条康子の生霊が現れて葵を苦しめる話。三島は「スリラー劇みたい 58 ファイナンス 2025 Apr.(5)映画、ラジオ、テレビ、漫画、宝塚

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