ファイナンス 2025年4月号 No.713
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SPOT(八の宮の留守に宇治の山荘を訪れた薫は、合奏する大君と中の君を垣間見る。藤原隆能 著 ほか『源氏物語絵巻』,徳川美術館,昭11源氏物語絵巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション)その頃、宇治に源氏の君の弟、八宮が世間からわすれられたように暮らしている。「一時は東宮にお立ちになりそうな噂などもありました。それだけに時の権力に冷たく扱われるような事件にかかわった後は、かえって昔の威勢もあとかたもなくなりました。御後見の人々も…この宮に見切りをつけて去ってしまいました」(瀬戸内寂聴訳)。宮は阿闍梨について修行をしながら二人の娘を育てている。阿闍梨が冷泉院に八宮の様子を話すと、冷泉院に可愛がられている薫は、教えを請いたいと宇治に八宮を訪れるようになる。そこで、八宮が不在のおりに娘たちが弾く琴の音を聞き、心惹かれる。「宇治川を高瀬舟が棹さしていくのを眺めても、寂しく暮らしていらつしゃる姫君たちの心をお察しして、舟人が棹の雫に袖を濡らすやうに涙で袖を濡らしました」(谷崎潤一郎訳)と歌を贈る。宇治で薫は八宮に仕える老女から自分の出生の秘密をほのめかされる。「橋姫」以下の「宇治十帖」と呼ばれる部分はスケールが小さくなり、登場人物も絞られるが、瀬戸内寂聴は「少女の頃、与謝野晶子訳の源氏物語を読んだ時、宇治十帖を本編の光源氏の物語より分かり易く面白いと思った」という。権力を失うと途端に人が寄り付かなくなるもので、周は「人生に希望を失って」、病気になるが、病が重くなったので、病気平癒を祈ってもらおうと祈祷僧を召しても、「道長に睨まれては大変と、どこの祈祷僧も、伊周邸には参ろうとしない」と記す。「宿敵道長に頭を下げるのは業腹だが、こうなってはやむを得ないというので」、長男を使いに出して、道長に事情を話して、祈祷僧を「あなたのお力で寄越して下さい。」と頼むと、道長は、「不都合なことですな、ちっとも存じませんでした。どのような御容態ですか。僧侶としては怠慢千万」と言って、「某の阿闍梨をこと献らせたまひしか」と記す。匂宮は薫から聞いた宇治の姫君に関心を持ち、八宮の山荘近くの夕霧の別荘に滞在し、文をしたため、薫に託す。それを機に姫君に手紙が来るようになる。やがて、八宮は勤行三昧に入るため。娘たちには、「決して軽はずみな考えから、姫君の身分を汚すような、つまらぬ縁談の取りもちなどしないでほしいのだ」(瀬戸内寂聴訳)といい残し、山に入るが、間もなく具合が悪くなり亡くなる。皇族女性の婚姻について。「天皇と摂政・関白」によると、「律令制では内親王をはじめとする皇族女性の婚姻について厳しい規制があり、…臣下との婚姻は許されていなかった」が、やがて緩和され、藤原良房は嵯峨天皇の娘と婚姻するなど「外戚家に連なる人々」との婚姻が認められていったという。娘を残して亡くなるときにはその行く末を心配するのが親。「大鏡」によると、道長との権力闘争に敗れて失意のうちに亡くなった伊周は、后候補として育てた二人の娘たちが、自分が死んだら「どのような身の振り方、どのような暮らしをなさるのだろうかと思うとそれが悲しく、世間のいい物笑いにきっとなるだろうね」と泣いて、「見苦しい暮らしなどなさるなら、草葉の陰からでもきっと恨み言を申す覚悟だからね」と「母君である令夫人にも涙ながらに遺言」したと伝わる。年末に喪に服している姫君を訪れた薫は匂宮が中の君に執心であることと、自らの思いを大君に伝えるが、「大君はそ知らぬ顔ばかりして相手にされません」(瀬戸内寂聴訳)。薫は「自分が出家したならば佛道の師と仰がうと頼みに存じ上げていた宮がおかくれ遊ばして、もとのお居間にはお座席さへもなくなつてしまったことよ」(谷崎潤一郎訳)と詠む。「大鏡」は、道長の娘彰子が皇子を続けて産むと、伊 48 ファイナンス 2025 Apr.(46) 橋姫「はし姫の心をくみて高瀬さす 棹のしづくに袖ぞ濡れぬる」(47) 椎本「立ち寄らん蔭と頼みし椎がもと むなしき床となりにけるかな」

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