SPOT元国際交流基金 吾郷 俊樹黄熟香 - 正倉院(正倉院の宝物、「黄熟香」。雅名である「蘭奢待」には、「東」「大」「寺」の三文字が隠れているという。名香として珍重され、足利義政や織田信長、明治天皇が切り取らせた部分は付箋で示されている。出典:正倉院宝物 黄熟香 - 正倉院)昨年11月号、12月号に続き、千年にわたって読み継がれる源氏物語とその物語の世界について、まずは物語の筋とともに当時の背景などをたどる。時は移り変わり、源氏の君の死後の世界、その子、孫の世代を描く。「光源氏がおなくなりになった後には、あの輝かしいお姿や世評の栄光を受け継がれるようなお方は、たくさんの御子孫のなかにもなかなかいらっしゃらないのでした」(瀬戸内寂聴訳)。源氏の君の晩年の息子として育てられてきた女三宮の子、「生まれつき不思議な芳香を持つ体質」で自分の出生の秘密に感づいているる、名香を調合して身に着け、祖父源氏の君に似て、卿の宮との関係は「かつての源氏と頭の中将のような関係」。何かと張り合うこの二人を中心に物語は進む。香といえば、公益財団法人お香の会のWebsiteによると、香木は日本には産出せず、「奈良朝のそれは…仏事を荘厳にすることが目的…平安朝になって、宮中や貴族の生活の風雅として世に広まり、…室内に空焚きたという。正倉院の御物の国宝「蘭奢待」は、「1.54メートルもある大きな伽羅香木で…織田信長がこれを切ったということが歴史上に有名」で「信長はそれを三分して、三分の一だけを自分のものにし、あとの三分の二を天下の大名小名に分けた」ほど尊重されたという。子だくさんの源氏の息子、夕霧は、中でも美人と評判の六の君を薫か匂宮のいずれかに嫁がせたいと思い、かつて源氏の君が明石の中宮を紫の上に育てさせたように身分の高い落葉の君の養女としている。かつての頭の中将の家も代替わり。その息子、紅梅が娘を入内させるか悩む。「『帝にはすでに明石の中宮がいらしゃるし、どんな人があの御威勢に肩を並べることができよう。…東宮には夕霧の右大臣の御長女が女御になられて、…かないそうにない。といってそんなふうにばかりいってもおられまい。…娘を持ちながら、宮仕えをあきらめてしまっては、何の育て甲斐があろうか」」と決心…して、一の姫君を東宮にさしあげることになさいました。」(瀬戸内寂聴訳)東宮への入内といえば、道長は、東宮時代の三条天皇、後一条天皇に娘を入内させているほか、「王朝の貴族」によると、折り合いの悪かった三条天皇の皇子で東宮だった敦明親王に圧力をかけ、親王から「東宮辞退の決意を打ち明けられ」ると、道長の判断は早く、好条件を提示。「その場に摂政頼通を呼び寄せ、敦明親王の今後の待遇について話をまとめてしまった。…親王は…小一条院の称号を受け、太上天皇に準ずる待遇を受けることになった。…道長は、娘の寛子を小一条院と結婚させることとし」至れり尽くせりの世話をしたという。道長の日記「御堂関白記」によると、道長の四男能信から「東宮蔵人…がやって来て、云いましたことには『東宮(敦明親王)が『私は、この東宮の地位を、何とかして辞めたいものだ』と仰せられました」と伝えられ、「私(藤原道長)が云ったことには、『東宮の召しが有ったならば、早く参って事情を聞き、こちらに報告に来るように』」と記す。このような秘事が記された道長の自筆日記は、「藤原「陰を持つ若者」薫と、帝や明石の中宮にも特に愛され「明るく多情で色好み」な三宮、兵部卿の宮。薫と兵部(からだき)にしたり、衣服に焚き染めたりして用い」 46 ファイナンス 2025 Apr.(44)紅梅(43)匂宮源氏物語とその世界(下)
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