連載PRI Open Campus6.まとめ 82 ファイナンス 2025 Mar.また、イノベーションをもたらすような高技能移民を自国に呼び、定住を促すことができるかという課題もあります。現在、多くの国が高技能移民を積極的に受け入れ、自国に大きなメリットをもたらすことを期待しています。この中で、高技能移民を引き付けることができるかは、移民政策だけではなく、国内の所得格差にも影響をうけます(Clarke et al. 2010)。高い能力とそれに見合った水準の賃金が欲しいという強いモチベーションを持つ移民ほど、賃金格差が大きい国を選ぶ傾向があります。つまり、成功したときに得られるリターンが大きい国が選ばれやすいのです。その結果として、アメリカのように賃金格差が大きく、能力が高ければ高報酬が得られる国が選ばれる一方で、たとえ良い移民政策を導入しても、移民から見てリターンが少ないと感じられる国には、優秀な人材が集まりにくくなります。日本における高技能移民の状況を見ると、その技能が十分に活用されているとは言えない状況があります。賃金構造基本統計調査をもとに、専門・技術分野の在留資格を持っている人たちの職種を調査したところ、専門職に就いている人の割合は半数にとどまっています(Nagayoshi 2024)。つまり、専門・技術分野の在留資格を持ちながらも、残りの半分の人たちは専門職ではない仕事に従事しているのです。また、留学生は高技能人材の予備軍と位置付けられることが多いですが、卒業後に就労系のビザに切り替えて日本で働く場合、どのような職に就いているのかを見てみると、調査研究や技術開発、情報処理・通信技術といったイノベーションに関連する分野で働いている人は全体の15%程度です(出入国管理庁 2023)。この背景には、留学生の半数から6割が人文科学や社会科学を専攻しているという現状があります。そのため、欧米における研究で想定されているような、システム分野で活躍し、イノベーションを生み出す移民と、日本のます。そもそも日本では、専門職において専門スキルが本当に評価されているのか、はっきりしない部分もあります。専門職で働く移民を採用する際も、専門スキルの高さよりも、日本語能力が高いことや、日本の仕事のやり方を理解していることが重視される傾向があるようです(Tseng 2021; 松下 2022)。また、IT技術資格の国際的な相互承認制度はスキルの移転可能性を高めますが、その制度自体が知られておらず、他国で取得したIT技術資格の有無が重視されないという現状も指摘されています(村田 2020)。高技能移民は「日本で働くことはスキルの喪失だ」と考えており、長期的に日本に滞在したいとは思っていないとの知見もあります(Tseng 2022; Liu-Farrer 2023)。一方で、日本での雇用の安定性を重視する人々が、日本に長く暮らしたいと考えるケースが多いことも示されています(Liu-Farrer 2023)。つまり、高いスキルを持つ移民を獲得できたとしても、その定住は抑制されています。こうした状況が改善しない限り、高技能移民の受け入れも大きなメリットをもたらさないでしょう。これまで見てきたように、北米やヨーロッパで行われた研究結果では、移民の受け入れは概ね肯定的な経済効果を持つとされています。移民の受け入れにより労働力が確保でき、高技能移民であればイノベーションも期待できます。移民労働者と競合する労働者については労働環境が悪化する可能性がありますが、これについても最低賃金を引き上げることで緩和可能であると指摘されています。一方、日本では移民の受け入れが労働環境を悪化させるという結果は出ておらず、指摘されているネガティブな影響は低技能移民の受け入れによる技術発展の抑制にとどまります。労働力人口が減少していくことを考えれば、それを補うという面でプラスの効果が期待できます。しかし、現在の移民労働者の雇用の在り方を続けていれば、それを超えた追加的なメリットは小さく、長期的にはデメリットが生じる可能性も考えられます。特に、移民を雇用の調整弁として便利に使い続けることによって、移民が高齢期に経済的リスクを抱えることが懸念されます。また、親の不安定な経済状況は子ども世代の学業継続にも影響し、高校中退率が高くなるという研究結果もあります(石田 2020)。このように、現在の移民の雇用の在り方は、世代を超えて長期的にネガティブな影響を与える可能性もあります。移民の受け入れは、雇用、経済、社会保障など多方「高技能外国人」の姿は重ならない状況にあるといえ
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