SPOT コーポレート・ファイナンスのテキストでは、CBの発行を正当化する理由として、この事例以外にも様々な要因を議論しています。例えば、Ross等(2012)では次のような事例を考えています。ある企業が資金調達したい場合、その使い道が成功するか失敗するかの見極めが難しいとしましょう。CBはプロジェクトが結果的にローリスクであった場合に社債としての価値が強くなり、プロジェクトが結果的にハイリスクであった場合に株式に転換される価値が上がるという形で、「リスク評価のミスに対して多少の保護を提供する」という機能を有しています(Ross等(2012)ではこれを「リスク・シナジー」としています)。Ross等(2012)ではこれら以外の要因も議論していますが、詳細は同書などコーポレート・ファイナンスのテキストを参照してください*15。なお、本稿で取り上げた例について、アレン・ヤーゴ(2014)では数値例を用いて確認しているので、その内容の概要については次のBOXを参照していただければ幸いです。れる点にあります。2節で説明したとおり、CBの場合、CB発行後、ビジネスがうまくいき、株価が上がった場合、CBの投資家はそのアップサイドを得るため、社債から株式に転換します(発行済み株式総数が増えます)。ここで問題となっていることは、株主が過度なリスクテイクをし、株主のみアップサイドのリターンをとることですが、CBによりファンディングした場合、株主が過度なリスクテイクをし、仮に高いリターンが得られても、そのアップサイドも(CBの投資家にシェアされるがゆえ)それほどのリターンがないということになります。株主からすれば、過度なリスクテイクをしたところで、アップサイドがシェアされるなら過度なリスクテイクは避けたほうがよいという判断になります。上記がCBにより情報の非対称性が有する問題を解消している事例といえますが、要は、CBは株式と債券のハイブリッド債であるため、情報の非対称性がある際、うまくリスク・シェアリングできる可能性を有した商品であるということです。図表7 プロジェクトの整理転換社債(CB)入門投資111ペイオフ1.250(可能性0.5)1.8(可能性0.5)期待ペイオフ1.250.5×0+0.5×1.8=0.9(出所)アレン・ヤーゴ(2014)に基づき筆者作成プロジェクト安全な投資リスクの高い投資ファイナンス 2025 Mar. 57上記の状況を示したものが図表7です。これをみると、リスクのある投資は期待ペイオフが0.9となり、投資した額である1を下回るため、この投資をすべきではないといえます。もっとも、以下で説明するとおり、この投資がなされることがありえます。このことを考えるため、次のような事例を考えます。まず、会社の負債が0.7あるとしましょう。金利は前述の通り、10%なので、期末に元本を含め0.77を返済しなければなりません(負債の保有者は0.77得られます)。一方で、株式の投資家(株主)のリターンはどうでしょうか。ここでは前述のように安全な投資とリスクのある投資を選択したうえで、その投資から上がった利益について、まずは負債を返済してから(つまり、0.77を支払ってから)、残った利益が配当となります。安全な投資をした場合、投資額の1.25倍になるわけですから、負*15) Ross等(2012)では、24章7節で「なぜ株式予約権や転換社債が発行されるのか」について議論を行っており、本稿で取り上げた(1)エイジェンシー・コストに加え、(2)キャッシュ・フローのマッチング、(3)リスク・シナジー、(4)裏口株式を挙げています。詳細は同書を参照してください。これ以外の文献では、鈴木(2017)や大木(2012)などを参照してください。BOX 数値例ここではアレン・ヤーゴ(2014)の数値例をベースに、本文で説明したロジックを確認します。まず、金利が10%であるとします。企業の所有者である株主は、安全な投資とリスクの高い投資が選択できるとします。安全な投資だと不確実性はなくて、期首の投資は期末に1.25倍になるとします。一方、リスクの高い投資を実施した場合、50%の確率で0になってしまいますが、50%の確率で1.8倍になるとします。これらの値は今の日本の現状に鑑みると非現実に思われるかもしれませんが、メカニズムの理解をするためのケースだと考えてください。
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