SPOT 56 ファイナンス 2025 Mar.貴社は今日の時点で株式を売り出すよりも、はるかに良い価格で株式を売り出したということになります。それは、会社と投資家のどちらにとっても儲かる機会ということです」と答えた。そのうえで、同書は下記のように続けます。この投資銀行の担当者は正しいのだろうか。転換社債は「安上りの負債」だろうか。当然のことであるが、そうではない。転換社債は普通社債とオプションのパッケージであり、転換社債に対して支払う用意のあるより高い価格というのは、投資家がオプションに対して付している価値を表している。この価格がオプションの価値を過大評価している場合にのみ、転換社債は「安上がり」となる。ここで、コーポレート・ファイナンスの基本に立ち返ります。ブリーリー・マイヤーズ・アレン(2014)を含め、コーポレート・ファイナンスを学ぶと、モジリアーニ・ミラーの定理(MMの定理)を習います。その詳細はコーポレート・ファイナンスの教科書を参照してほしいのですが、この理論によれば、資金調達の方法は企業価値に影響を与えないということになります。したがって、MMの定理が成立するのであれば、株式や社債、CBという資本構成を考えること自体が無意味ということになります*14。もっとも、経済学者がMMの定理の結論を鵜呑みにしているわけではありません。アレン・ヤーゴが資本構成を選択する際、資本市場の不完全さや税金が存在する」(p.43)としたうえで、「『M&M定理』やその他の重要な金融理論の大きな価値は、いつ、なぜ、どのような場合に、資本構成が問題となるかを明らかにしたことにある」(p.43)と指摘しています。MMの定理は、どのような観点で資本構成が重要になるかということを考える上で、あえて資本構成に影響を与えない状況を考えているということです。情報の非対称性MM定理は摩擦のない世界を想定しており、現実に近づけるための拡張として、例えば税の要因などが議論されます。ここでは、ブリーリー・マイヤーズ・アレン(2014)やアレン・ヤーゴ(2014)で取り上げている、いわゆる情報の非対称性がある状況を考えてみましょう。情報の非対称性とは、ある金融契約について一方の契約者は情報を有するものの、もう一方にはその情報がないという意味での非対称性がある状態を指します。ブリーリー・マイヤーズ・アレン(2014)やアレン・ヤーゴ(2014)では、具体的には、次のような状況を議論しています。例えば、比較的新しいビジネスを展開する企業があり、その企業が資金調達をしたいと考えています。もっとも、その企業は新しい企業であるがゆえ、大企業に比べて実績がありません。投資家としては、同社の社債を購入して資金を出した場合、もしかしたら過度なリスクテイクをされてしまうかもしれないと考えています。コーポレート・ファイナンスでは、借入や社債を発行して資金調達をした場合に、そのアップサイドのリターンは株主が受け取り、失敗しても損失は投資分だけということで、株主は過度なリスクをとる問題が議論されます。会社のオーナーである株主がプロジェクトを選択するとすれば、それは資金の出し手である社債の投資家にはわからないので、株主と社債投資家の間でプロジェクト選択に関する情報の非対称性があるといえます。金調達手段そういった状況では、本来、資金提供をすべき案件でも社債の投資家は資金を出さないということになりかねませんが、CBにより資金調達をすることでこの問題を防ぐことができます。重要な点は、過度なリスクテイクをした際に潜在的に得られるアップサイドのリターンは、社債で資金調達をした場合、株主がすべて得るところ、CBで資金調達した場合、CBの投資家と株主でシェアさ(2014)では「現実は、理想の世界とは異なり、企業*14) Ross等(2012)では「Modigliani-Miller(MM)は、税金と倒産費用を仮定しない場合、企業は株式を発行するのか、あるいは債券を発行するのかに関して、無差別であると指摘している。このMMの関係は、きわめて一般的なものである。彼らの議論を修正して、企業は、転換型負債を発行するのか、あるいはその他の証券を発行するのかに関して、無差別であると示すことができる」(p.1183)としています。CBは情報の非対称性がもたらす問題を解決しうる資MMの定理
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