ファイナンス 2025年3月号 No.712
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SPOT アメリカの国章に記された、アメリカの国是である。2024年の選挙を期にはじまった、両党、社会科学者、市民による新たな模索を通じて、アメリカの政治が良い意味で我々を驚かすことを望む。六回にわたる連載で、経済・財政、地経学・経済安全保障、政治・民主主義について、アメリカの社会科学者たちが、どのように課題を把握し、解決しようとしているのかをみた。社会科学者たちは、ロジックとエビデンスに基づき、課題にアプローチしていた。特徴的なことは、公の場で複数のアプローチが競合し、全体として議論の質を高めあっていたことである。いわば、言論の自由市場といって良いものが機能していた。インフレバイアスを持ったバイデンの政策は、サマーズらからの批判に晒された。バイデンは大規模なパッケージに固執し、政策の根本的修正には至らなかったものの、最終的には選挙の洗礼を受けて退場した。地経学・経済安全保障についてのアプローチの競合の帰趨はみえていない。ただ、デリスキング/デカップリング、関税と産業政策の得失、中国の中長期的な姿など、論点の整理はあらかたついている。現在は、第二次トランプ政権の対外政策がどのような形を取るのか、その動きを見極めることに関心が注がれている。経済・財政、地経学・経済安全保障では、社会科学者が課題を解く方法論は明瞭で、社会科学者と政策の現場も近い。経済政策や外交においては、社会科学者が政治や市民から一定の委任を受けている。社会科学者の議論を俯瞰することで、問題の見取り図を得て、政策の得失について概ねのベクトルを知ることができる。社会科学者が勧告する施策が実施されるとは限らないが、社会科学者の考えに政治の事情を加味すれば、概ねのことは理解可能である。供給制約とバイデンの拡張志向の合作がインフレを生み出した。マクロ的にはネットでプラスの通商の経済効果があっても、社会の一部に集中的に表れる痛みが政治を動かし、通商を壊すことなどである。他方、政治を巡る議論はより混沌としている。政治学者、経済学者、社会心理学者と多様な議論が入り混じり、全体像を把握することが格段に難しい。政治を評価する基準は、経済学の成長や物価、地経学の安全保障など単純なものではなく、複合的である。そしてなによりも、政治を動かすのは社会科学者ではなく、政治家と市民である。それでも、本稿はルソーとマディソンンという対照的な論者を持ちだし、社会科学者の間の議論に一通りの見通しを付けた。政治の進むべき方向性について、ルソーとマディソンの組み合わせ、社会的連帯の拡充という大きな方向を提示したつもりである。第二次トランプ政権が始動し、社会科学者たちがアプローチする対象そのものが変わりはじめている。社会科学者たちはそれぞれ新しい研究の素材を得るとともに、なかには現実社会に積極的に働きかけている者もいる。トランプ政権はアメリカの伝統のひとつである、反主知主義を引き継いだ政権であり、社会科学者たちは新しい闘い方を身に着ける必要に迫られている。こうして変わるものがあれば、変わらないものもあるはずである。あと数年もすれば、今回の連載で書いたこと下地に、新しいアメリカとその社会科学の実践についてもっと深く知ることができるだろう。(おわり)アメリカにみる社会科学の実践(第六回、最終回)ファイナンス 2025 Mar. 47(謝辞)本稿の第五回、第六回の執筆に際し、以下の方々と個人的に意見交換させて頂き、実に実り豊かな時間を頂戴した。記して感謝する。ダロン・アセモグル(MIT)、イマッド・アティック(コーネル大学)、デイヴィッド・アート(タフツ大学)、マシュー・アドラー(デューク大学)、ダン・アリエリー(デューク大学)、エリザベス・アンダーソン(ミシガン大学)、今井隆(読売新聞)、ジェニファー・ヴィクター(ジョージメイソン大学)、キップ・ヴィスクシ(ヴァンダービルト大学)、クルト・ウェイランド(テキサス大学オースティン校)、ジャスティンン・ウルファーズ(ミシガン大学)、クリストファー・ウレージン(テキサス大学オースティン校)、デイヴィッド・オーター(MIT)、ジョシュ・カーツ(メリーランド・マターズ紙)、アレッサンドラ・カゼッラ(コロンビア大学)、ステファン・カミング(ヴァージニア州)、オデッド・ガロー(ブラウン大学)、ブライアン・キャプラン(ジョージメイソン大学)、マイク・ギルバート(ヴァージニア大学)、リンゼイ・キルヒニー(ミシガン州)、マーチン・ギレンス(UCLA)、サド・クーサー(UCサンディエゴ)、キャロル・グラハム(ブルッキングス)、ピーター・クリバノフ(ノースウエスタン大学)、ジョン・クリフトン(Gallup)、アドリアナ・クルーズ(テキサス州)、ジェイムズ・グレイザー(タフツ大学)、ジョン・ゲリング(テキサス大学オースティン校)、タイラー・コーエン(ジョージメイソン大学)、デボラ・サッツ(スタンフォード大学)、坂本一之(産経新聞)、イアン・シャピロ(イエール大学)、クラウディア・シュワリーツ(DemocracyNext)、ローⅣ.連載の総括

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