ファイナンス 2025年3月号 No.712
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0SPOT 42-naJ32-naJ22-naJ12-naJ02-naJ91-naJ81-naJ71-naJ61-naJ51-naJ41-naJ31-naJ21-naJ11-naJ01-naJ90-naJ80-naJ 44 ファイナンス 2025 Mar.50権力の乱用からの自由」のウェイトを、1.00とし正規化している。ベンジャミンらは、このような指標を国レベルで集計することで、GDPに代わる指標を作り出すことを目指している。ベンジャミンらのように多様な側面の統合を図るのはGDP統計の作成でも採られている正攻法であるが、技術的な難しさもある。ギャラップ社のジョン・クリフトン(Jon Clifton)はより簡便であるが、そのぶん頑健な方法を提案する。クリフトンの着目するのは、主観的な不幸である(Clifton, 2022)。何に幸福を感ずるか、個人の好みによる違いがあっても、人々が不幸だと感ずるものは比較的一致するものである。クリフトンが不幸の指標とするのは、ストレス、不安、怒り、悲しみ、身体的苦痛といった五つのネガティブな感情の経験の有無を問い、合成したものである。満足度で測る幸福度は上がっていても、同時にネガティブな感情を抱えているということが起こりうる。実際、ギャラップ社によると、世界全体の不幸の指標は、右肩上がりに上昇している。図3.21は、身体的苦痛を除く四つの感情を経験したアメリカの勤労者の割合昇傾向にあり、コロナ禍によるジャンプが一段落した後も以前より高止まりしている。この不幸の度合いの高まりの背景として、クリフトンは仕事の問題、特にオートメーションのなかで感情的満足の得られる良い仕事が失われていることが効いているとみる*16。不幸の軽減を目指すことは直感的に支持を得やすい。たとえ他人の幸福を願うことが困難であっても、他人の不幸が癒されることを願うことは比較的容易である。そうであれば、不幸と闘うことは社会的連帯を拡充する。前節で提示した分断への処方箋の評価を通し、アメリカの政治、民主主義に関する考察を総括する。表3.6は本稿で提示した処方箋を整理したものである。ルソーの伝統に基づく処方箋は、真なる解の存在を想定し、その解に社会が到達する経路の確立を目指す。熟議民主主義者は、意見交換による反省や和解を通じ、善き合意が生まれることを期待する。レベツキーとジブラットは比例代表制などを提案し、真の民意に基づいて政府が構成されることを目指す。キャンペーン・ファイナンスによる政治の歪み、エコーチェンバー現象などによる言論の自由市場の機能不全を取り除くことも、あるべき民意が形成され、表出される経路を確保するものである。これらルソーの伝統に基づく処方箋は、それ自身では筋の悪いものではない。大きな方向性としてはそれぞれに取り組む価値がある。もちろん、個別には問題点はある。下院での小選挙区制の廃止は二大政党制を揺るがすことなるため、賛否があるだろう。これまで黒人の権利擁護は民主党が推進主体となり、二大政党制の枠内に留め置かれてきた。比例代表制になり、黒人の利害を代弁する政党が出現するとしたら、それは歓迎すべきことなのか、国の統一を危うくするものとみるべきなのか。また、情報環境の歪みを是正しても、その効果は限られるだろう。人々は移民の犯罪に強い怒りを感ずるものなのである。なぜなら、その罪を犯した者は当局が入国を許した者なのであり、その犯罪は防ぎえたという遺憾の念が沸くのは避けられない。自然の疫病による死よりも、ワクチンによる死に2006年の24ポイントから2022年には33ポイントと(%)を積み上げた数値の推移を示す(Gallup, 2024)。ネガティブな感情は2010年代の後半から上□□図図□□□□□□□□□□□□アアメメリリカカのの勤勤労労者者のの感感じじてていいるるネネガガテティィブブなな感感情情□□((四四つつのの感感情情をを感感じじたた人人のの割割合合((□□))のの積積みみ上上げげ))□□図3.21: アメリカの勤労者の感じているネガティブな感情 (四つの感情を感じた人の割合(%)の積み上げ)150100(注)「あたなたは(ストレス、不安、怒り、悲しみ)を多くの日に感じていますか」に対する回答。データの欠損(出典)□□□□□□□□□□□□□)に基づき、筆者作成□スストトレレスス不不安安怒怒りり悲悲ししみみ(注)「あなたは(ストレス、不安、怒り、悲しみ)を多くの日に感じていますか」(出典)Gallup(2024b)に基づき、筆者作成部分を線形補完している。□に対する回答。データの欠損部分を線形補完している。*16) Case and Deaton (2021)も、1990年以降、「あまり幸せではない」と感じていると報告するアメリカ人が、特に大学教育を受けていない人々の間で増加傾向にあると報告している。6. 「多数でできた一つ」−政治、民主主義についての総括

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