SPOT 第二は、社会状態の評価方法の見直しを通じ、従前顧みられなかった課題に政策資源の動員を図る取り組みである。現状、政策の究極の評価基準は、経済成長(GDP成長率)であるといってよいだろう。GDPは経済の生み出す(概ね)取引可能な付加価値に限られ、格差などの社会的公正、自然社会環境などを充分に勘案していない。社会状態の評価の方法を変えることで、政策の方向性を変え、より望ましい社会状態に近づくことができる。(第二回の)コラム1.7で取り上げた、バイデンの行政管理予算局(OMB)が構想した費用対便益分析の見直しは、そのような施策のひとつである。改定案は、下位5分位の人に生ずる便益を上位5分位の便益の約40倍に評価するというラディカルなものであった。近年、GDPに代わる指標として注目されているのが、サーベイから得る人々の感じている幸福度、すなわち、主観的ウェルビーイングである。かつて、一定の所得を越えると、ウェルビーイングの上昇が止まるとの指摘(Easterlin paradox)があり、その指摘に従えば、所得再分配は社会の幸福度を高めるとされてきた。最近では、クロスカントリーでも個人間でも、対数所得とウェルビーイングの間には正の線形関係がみられるとの見解が確立しつつある(e.g., Stevenson and Wolfers, 2013; Killingsworth et al., 2023)。ただし、対数線形の関係であっても、所得再分配が社会全体のウェルビーイングを高めるという主張は成り立つ。図3.20はKillingsworth et al (2023)に基づき、横軸を対数所得、縦軸をウェルビーイングとしている。高所得者から移転すれば、社会全体の幸福の総量を増加させることができるはずである。経済学者のなかには、サーベイで得る単一の主観的ウェルビーイングを用いるのではなく、より精緻な指標の開発を目指す動きがある。主観的ウェルビーイングにも多様な面がある。その多様な面を、OECDの「計器盤アプローチ」のように並置するにとどめるか、あるいは、HDI(人間開発指数)のようにアドホックに指数化するのが現状である。ダニエル・ベンジャミン(Daniel Benjamin、UCLA)らが取り組むのは、その多様な面を一定のロジックとエビデンスに基づいて統合した指標を作り出すことである。指標作成で問題となるのは、各側面のウェイト付けである。ベンジャミンらは、側面間のトレードオフに関する選好を被験者に表明させることで、ウェイトを算定する(Benjamin et al., 2014)。表3.5は、全部で136もあるウェルビーイングの側面の例示と、そのウェイトである。ウェイトの最も高い三つの側面、上位 10位に入るその他の興味深い側面、HDIに関連する側面などをリストアップしている。トップの「腐敗・不正・図図□□□□□□□□□□図3.20:対数所得とウェルビーイングの関係表3.5: ウェルビーイングを構成する諸側面(一部)とそのウェイトアメリカにみる社会科学の実践(第六回、最終回)側面□□(出典)Killingsworthetal.(2023)□□(出典)Benjaminetal.(2014)に基づき、筆者作成。□□ウェイト1.000.900.900.820.770.770.740.740.720.620.590.560.540,490.460.440.380.23あなたの国での腐敗、不正、権力の乱用からの自由人々が多くの意見と人生における可能性を持ち、それらのなかから自由に選択できること人々が道徳的に優れ、個人の価値観に沿って生きること人々が違いを生み、積極的に他人のウェルビーイングに貢献し、世界をより良い場所にすること人々がだまされたり、裏切られたりしないこと社会が貧しい人々や他の困っている人たちを助けること人々が健康であること表現の自由、人々が政治過程や共同体に参加できること人々の金銭的安全人々が自分のしていることがやりがいのあることだと感ずること人々が幸福だと感ずること動物、自然、世界の環境の条件人々の知識、スキル、情報へのアクセス長生きのチャンス人々が人生に満足している程度あなたの国の人々の平均所得世界や自分のまわりで起きていることを理解していると感ずること不安を感じないことファイナンス 2025 Mar. 43
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