SPOT 34 ファイナンス 2025 Mar.処方箋の第二はマディソンの伝統に基づくものである。多様なプレイヤーの間の競争、抑制均衡を通じ、より良い状態を展望する。すでに(第五回で)、三権分立、政党間競争、連邦と州、政府と民間の間の緊張関係を取り上げた(コラム3.5、3.6、3.7で、それぞれ司法と政治、州、地方政治について取り上げている)。ハーバード大学のモスは、Democracy:A Case Studyと題した著作で、政治的対立・競争を通じてアメリカは繁栄してきたという特徴的な主張を展開する(Moss, で検討した)制憲過程でマディソンが提案したネガティブ条項、合衆国銀行の設立のほか、公民権運動など近年の事例が含まれている。これらのケースを通じ、モスは建設的な対立と破壊的な対立を区別し、アメリカ史の多くの対立は建設的なものであったとする。破壊的対立としてモスが例示するのは、ミズーリ妥協(1820)を巡る奴隷制についての対立である。当時、ジェファーソンが、この妥協によって国を分けることは最終的に国を壊すことに繋がると憂慮したことは正しかったという。モスが良好に機能した妥協として例示するのは、連邦議会を州の代表とすべきとした小さな州と、住民の数に応じて代表を選ぶべきとした大きな州の間の妥協として成立したGreat Compromise(1787)である。Great の代表とし二名ずつの議員を出し、下院では人口比例で議員を出すことにした。モスは、対立する勢力の間で棲み分ける妥協ではなく、競争をつづけ、決着を歴史に委ねるタイプの妥協の方がよいという経験則を示唆する。分断の著しい現在は、アメリカ史にとって必ずしも例外的な時期ではく、建設的な対立に転ずる余地がないわけではないのかもしれない。競争がより良い状態をもたらすよう、社会を組み立てることはできないものか。グレン・ワイル(Glen Weyl、マイクロソフト)は、投票の仕組みを見直すことで、少数派の切実な利害を反映した社会的決定が行われるよう担保することを提案する。ワイルはエリック・ポズナー(Eric Posner、シカゴ大学)との共著で、クアドラティック・ボーティング(Quadratic る(Posner and Weyl, 2018)。QVでは有権者に一定のクレジットを事前に与え、有権者はそのクレジットを複数の議案に配分する。配分に際しては、有権者が強い選好を持つ議案に複数の票を入れることを許容する。その際、クレジットと票を二次関数によって結びつけ、例えば、一票目の投票には一クレジット、同じ議案への二票目の投票には四クレジット(2×2=4)の使用を求める。QVは関心の薄い議案を捨てつつ、懸案への集中を可能にする。ワイルらは、農村部での個人の銃所持を認めるか否かという議案が、有権者の75%の反対にもかかわらず、60%の得票率で可決されるという、仮想の事例を示している。警察の手が届きにくい農村部での銃所持を求める声が強い時、QVは少数派の切実な利害に重みを与える。アレッサンドラ・カゼッラ(Alessandra Casella、コロンビア大学)らは、同じく少数派の保護の視点からStorable Voting (SV, 貯蔵可能な投票方法)を推している(Casella and Sanchez, 2022)。SVの投票ルールはずっと簡便で、二票目の投票に追加の一クレジットを求めるだけである。カゼッラらは、理論的にはQVの方が優れていることを認めつつも、SVにはシンプルであるという利点があるとする。QVやSVには欠点もある。平時の国防費のなどの広く薄い便益をもたらす施策に票が入らなくなる。ジョージメイソン大学のタイラー・コーエンは、共謀の危険性を警告する(Cowen, 2015)。コーエンは、QVによって少数派が自らの提案に成立の道が開かれたことを知ると、少数派の中で、その議案に票を投ずるよう求める働きかけが激化し、全体として少数派の寄りの施策が過度に採択されるようになることを予想する。ロビイストやキャンペーン・ファイナンスの規制の緩いアメリカでは、あながちないとはいえない危険である。また、QVやSVはアジェンダ設定による操作とも無縁ではない。例えば、教育関連のプロジェクトを一つの議案にまとめることで、教員組合や親の票を集め、他の彼らにとって重要な議案への投票を阻止することができる。最後に、QVもSVも少数派の抱く不公平感の根本に届くことはできない。少数派は追加の票を使ってようやく切実な議案を通すことができるが、これは少数派にとって二番目に大事な議案の犠牲によりようやく達成されるものである。このような批判にワイルらが、まったく答えを持たないわけではない。平時の国防費の事例に対しては、(2)競争と抑制均衡2017)。19のケーススタディのなかには、(コラム3.2Compromiseでは、連邦議会を二院制とし、上院を州Voting, QV, 二次関数的な投票方法)の導入を提言す
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