ファイナンス 2025年2月号 No.711
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連載PRI Open Campus PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 40をめぐる報復関税合戦、これを、米中貿易戦争の第一ラウンドとすると、今はその対象を知的財産・先端テクノロジーに置き換えた第二ラウンドにあります。そして、この第二ラウンドの最中に新型肺炎によるパンデミック、そしてロシアによるウクライナ侵攻がありました。これらがその後のGVCの発展に大きな影響を及ぼすことになります。政治学者のヘンリー・ファレルとアブラハム・ニューマンは、経済制裁の効力を決める要因として、制裁発動国が国際ネットワークの中でどれだけ中心的な位置を占めているか、ということに着目しました。ネットワーク理論における「ネットワーク中心性」という概念は、ネットワークの中の特定要素がネットワーク全体に対して及ぼす影響の度合いを示しています。様々な数学的定義があるのですが、なかでも彼らは「次数中心性(degree centrality)」という類型に着目しました。これは、ネットワークのある要素に連結している他の要素の数をもって、その影響力を測るという手法です。いわば、ある要素がネットワークの中でどれだけ「ハブ的」な存在であるかということを示しています。経済ネットワークでみればサプライチェーンでの取引を通してより多くの経済主体とつながっている企業、あるいはそれが属する国家ほど、経済システム全体に対する影響力は大きくなります。このことからファレルとニューマンは、ネットワークのハブを物理的、あるいは法的な支配下に置くことがパワーの源泉になり、その中心性が他の構成要素との関係で非対照的であるほど政策のレバレッジが高まると考えました。すると、そもそも経済安全保障の問題というのは、「サプライチェーンの中枢機能をいかに支配するか」というGVC研究の基本命題に帰することになります。汎用品の組み立て加工よりも高付加価値製品の研究開発やマネジメントといった役割の方が、生産システム全体に対する影響力ははるかに大きい。このことは、昨今の半導体をめぐる国家間攻防を考えてもお分かりいただけると思います。このように、経済安全保障におけるパワー分布を考えるうえで、国際生産ネットワークの構造分析は非常に有用です。図表4~7は1995年から2020年にかけてインド太平洋地域における経済相互依存関係の変化を鳥瞰したものです。縦軸と横軸のそれぞれにインド太平洋地域の15カ国/地域が並んでいます。等高線は、産業間の相互連結の強さに沿って描かれており、図表を横方向に見ると、中間財サプライヤーとしての対外連結強度、縦方向に見ると中間財ユーザーとしての連結強度が表されています。1995年には経済間の連結が非常に弱く、散在的でありました。唯一、日本やシンガポールの周辺で局所的な連結関係が観察されますが、地域全体を覆うような生産ネットワークはまだ生まれておりません。2005年頃から、顕著な連結関係が域内に広がっていきます。ただし、この段階ではまだ明確な形をなしておらず、アメーバのように無秩序な空間展開が起こっています。2015年までには連結関係がほぼ全域を覆うようになりますが、ここにきて、中国をハブとした生産ネットワークへと明確に構造化されたことがわかります。この傾向は、トランプ政権発足後の2020年でも衰えず、インド太平洋地域における中国経済の圧倒的なプレゼンスを確認できます。4.経済安全保障5.経済相互依存関係の変化ファイナンス 2025 Feb. 73図表4〜7:インド太平洋地域の経済相互依存関係出典:OECD国際産業連関表を用い、報告者作成図表4

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