ファイナンス 2025年2月号 No.711
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SPOT アメリカにみる社会科学の実践(第五回)位置している*8。こうした調査も踏まえ、ハイトがバイデンに求めたことは、進歩的活動家を切り、トランプ支持者を取り込むことであった。ハイトが、左を個人主義的な狭小な基盤しか持たないものとして描き、右の優位を説くのに対し、ジョン・ヨスト(John Jost、ニューヨーク大学)は、左右の違いを中立的に(やや左に有利に)描き出す。ポルボーンら(所得、文化的イデオロギー)と同様に二元論を用いるが、ヨストはその軸として「変化への抵抗(伝統主義)―非伝統主義」「不平等の受容―拒否」という二つの軸を用いる(Jost, 2021)。ヨストの議論の肝は、これらの二つの軸は相関していると考えることで、伝統/不平等の受容を右、非伝統/不平等の拒否を左に括る。二つの軸の相関の理由について、ヨストは、歴史は次第に平等主義的な方向へと進んでおり、伝統主義的であることが、不平等を正当なものと認める態度と一致しやすくなるからであると説明する。「富の均等な再分配を重視しているのは民主党なのに、なぜ地方や労働者階級の有権者は、共和党に投票するのか」。ヨストはこの疑問にも光を当てている。クリストファー・ウレジーン(Christopher Wlezien、テキサス大学オースティン校)らは、1972年から最近までのアメリカの福祉支出に対する相対的な評価に関するサーベイ(多すぎる,丁度よい,少なすぎる)を分析し、ジニ係数で測る経済格差が広がるほど、福祉支出への選好が減少するというパラドックスを見出している(Wlezien and Soroka, 2021)。興味深いのは、格差が深刻なものになるほど、所得の高い者の福祉への支持が低下するというだけではなく,貧しい者も同様に支持を低下させていることである。福祉支出は所得弾力性の高い財であるため、所得の絶対水準の上昇に伴って福祉支出への選好は強まるものの、格差拡大の負の影響は大きく、2000年以降の福祉支出への絶対的選好の上昇を半分にするくらいの効き方をしているという。ヨストは、このパラドックスに、システム正当化理論(A system justification theory)を用いてアプローチする(Jost, 2020)。システム正当化理論は、現状を支持し、それを良い、公正、自然、望ましい、さらには避けられないものとして受け入れる社会的、心理的メカニズムの解明を目指している。ヨストによると、不平等は勤労や才能や野心の差によって生まれた正当なものであると、貧しい人々がますます信じるようになっている。ヨストはシステム正当化のすべてが悪いとするわけではない。システム正当化には、感情的安定を得るなどの利益があるほか、群れが生き残り、進化していく上で役に立つ特徴であったとも指摘する。他方、自尊の念を損ない、努力に水を差し、社会を改善する道を塞ぐデメリットもあり、利益とコストの両方を勘案する必要があると指摘する。左右の相違の心理的基盤を探る議論には、アナニッシュ・チョウドリ(Ananish Chaudhuri、オークランド大学)らによるものもある(Claessens et al., 2020)。彼らの研究では、競争か協力かという軸(経済的保守-経済的進歩主義)、集団的同調か個人主義かという軸(社会的保守-社会的進歩主義)という二つの軸を設定する。この説明は、経済的保守と社会的進歩を組みわせたリバタリアンのような主張が存在することをよく説明する。彼らは、独裁者ゲームのような実験経済学のゲームや心理テストを用い、彼らのモデルを経験的に裏付けようとしている。心理的基盤を探る研究の先には、左右の違いに脳神経学的基盤を探る研究がありうる。ハイト、ヨスト、チョウドリらのいずれの研究も脳神経学的基盤を特定していない。脳神経学的基盤を見出す見通しについては、論者によって様々である。ハイトは脳神経学的基盤はなくてもよいとの立場である。ハイトのような六つの道徳基盤に基づくモデルの神経学的基盤の特定は困難を極めるであろうし、ヨストやチョウドリらのような二元論でも、相当困難な課題となると思われる。ただ、左右の一元モデルに関しては、一卵性双生児を使った調査で、左遺伝子・右遺伝子があるという意味ではないにせよ、遺伝的要因が政治的イデオロギーの形成に役割を果たしているという証拠が提出されている(Hatemi et al., 2014)。(次号につづく)*8) 図3.14だけをみると、ヘイトスピーチに関しては、保守主義者の二つの円が外れ値になっているとの解釈も可能であるようにもみえる。ただし、保守主義は円二つ分の有権者の塊を形成している。これらを敵に回し、進歩的活動家を取ることが、選挙戦略上、得策であるとは考えられないというのが、ハイトの主張である。ファイナンス 2025 Feb. 43

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