ファイナンス 2025年2月号 No.711
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SPOTアメリカの社会科学者たちは、現下の政治の問題に様々な形で取り組んでいる。全体の見取り図を得るために、本稿では、ルソーに由来するものと、マディソンに由来するものという二つのアプローチとして大きく括る。ルソーは、民主主義を真理発見の過程と考え、その構想は現在のアメリカのリベラルの社会科学者に引き継がれている。マディソンは、社会全体を包含する真理を前提とせず、多様な意見、利害を持った人々の間の抑制均衡を通じて、社会を運営しようとする。彼の後継者は必ずしも共和党系というわけではないが、リベラルと距離を置く論者の間で引き継がれている。「ある法が人民の集会に提出されるとき、人民に問われていることは、正確には、彼らが提案を可決するか、否決するかということではなくて、それが人民の意志、すなわち、一般意志に一致しているかいなか、ということである。各人は投票によって、それについてのみずからの意見をのべる」「人民が十分に情報をもって審議するとき、もし市民がお互いに意思を少しも伝えあわないなら、その決議はつねにいいものであるだろう。だから投票の数を計算すれば、一般意志が表明されるわけである」(Rousseau, 1762)個人的利害に基づく特殊意思と異なり、特殊意思の集まりである全体意思とも異なる、社会(人民)にとって良い意思をルソーは「一般意思」と呼ぶ。人々は投票する際、その議案を社会全体にとって良いものであるか否かを考えて意思表示を行うとする。そして、「お互いに意思を少しも伝えあわない」という条件を満たすならば、一般意思が正しく表出されると述べる。そんな荒唐無稽な話があるはずがない。しかしながら、ルソーの言うことは、自然界でもみられることなのである。ミツバチは巣の引っ越しを準備する際、多については、左のポピュリストは不平等の改善には役立ったが、右のポピュリストは不平等の改善もみられなかった。ポピュリストの経済面での低調なパフォーマンスの原因としては、1)保護主義・ナショナリズム、2)マクロ経済政策の失敗、3)法の支配等の制度面の劣化が考えられる。実際、関係する指標がポピュリストの元で悪化する傾向が確認できたとする。シカゴ大学のラジャンは、2020年4月、コロナ禍が専門家の再評価をもたらし、専門知識を軽視するポピュリズムが終焉を迎える可能性を指摘した(Chicago Booth Review, 2020)。しかしながら、その後の動きは期待を裏切るものであった。(先にみた)図3.4は、世界全体としてみて、コロナ禍の期間を通じて民主主義が後退をつづけたことを示唆する。(第一回の)コラム1.1でみた通り、共和党州でコロナでの死亡率が高かったにも関わらず、2024年の選挙では、大統領、上下院とも共和党が掌握した。フンケらの発見の通り、ポピュリストは貧弱な経済パフォーマンスにも関わらず、政権を生きながらえさせる術を心得ており、コロナ禍でもその術は功を奏したようである。アセモグルらは民主主義の頑健性という逆方向からの研究をしているのが、アセモグルらである(Acemoglu et al. 2024)。民主主義を持続させるには、成功した民主主義を一定期間続けられるかが試金石になるというのが、彼らの主張である。アセモグルらは、113か国の約53万人のデータ(1981-2018)を用いて、これらの人々の民主主義への支持の度合いと各々の国での民主主義へのエクスポージャーとの関係を統計的に検討している。各人の民主主義への支持の度合いとは、「民主主義に問題があっても、他の体制よりもましなもの考えるか」などのサーベイへの回答から合成したものである。各国の民主主義の度合いについては先行研究のものを採用している。検討の結果、民主主義へのエクスポージャーが、個人の民主主義への支持を高めるとの関係を読み取ることができた。この効果はかなり大きく、民主主義へのエクスポージャーが10年追加されると、民主主義への支持は、香港と中国本土、あるいは米国とアルゼンチンの間の民主主義への支持の差の半分以上も上昇するという。この効果は、経済成長、汚職の抑制、平和と政治的安定、公共財の提供といった点で成功した民主主義へのエクスポージャーによってより完全なものになる。アセモグルらの研究からは、グローバルな民主主義は1990年代以降の民主化の遺産によって持続力を得ているものの、最近のような後退が持続すると、次第に悪循環に入る国・地域が出てくるという示唆が得られる。 30 ファイナンス 2025 Feb.3. ジャン=ジャック・ルソーとジェームズ・マディソン(1)ルソー

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