ファイナンス 2025年2月号 No.711
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SPOTSwing Statesを制し、312人の選挙人(過半数は270(7,702万票)でも、ハリス(7,464万)を上回り、2020年比で黒人男性で12%→20%、ヒスパニック経済学者や社会心理学者の議論を検討する。次回(第六回)では、分断への様々な処方箋について議論する。その上で、政治の議論を総括し、最後に連載全体を締めくくる。2024年の大統領選挙では、トランプがすべての人)を獲得して勝利した*2。トランプは全体の得票数ほぼ半数(49.9%)の票を獲得した。同時に行われた連邦議会選挙でも、共和党が上院で過半数を奪還し、下院では過半数を維持し、上下院とも過半数を制した。トランプのパフォーマンスは、2020年の選挙では、獲得選挙人、得票率で232人、46.8%、2016年の選挙でも、306人、46.1%であった。2024年の選挙での獲得選挙人は2016年を上回った。2016年の勝利の際には、クリントンよりも得票率で劣っていたのが、2024年には得票率でもハリスを凌駕し、過去三度の挑戦でもっとも良好なパフォーマンスを記録した。2016年の選挙の際には、トランプはアメリカ国民の多数に支持されたわけではないとの指摘もなされたが、2024年はトラップにとってより完成度の高い勝利となった。トランプの勝因は、1)インフレや移民を巡るバイデン政権への不満を自身への支持につなげたこと、2)インフレ、移民問題を重視するが、性的自認の問題に関心の薄い層にアピールする戦術を通じ、黒人、ヒスパニックの男性の間で前進したこと(出口調査で、男性で45%→54%)、3)若者へのポッド・キャスト等を通じたアプローチが功を奏したことが挙げられる。他方、ハリスの敗因は、1)インフレ、移民という、バイデン政権の負の遺産を引き継いだことのほか、2)民主主義、中絶の権利への訴えが不発に終わったことが挙げられる。民主主義への訴えが功を奏しなかったことについて、先に引用したアセモグルは、民主党が専門家の党となり、スキルを持たない人たちからかけ離れてしまったことを問題視する。同様の指摘は、無所属だが、民主党の左派を代表してきたバニー・サンダース上院議員からも出ている(CNN, 2024)。地政学の戦略家ジョージ・フリードマン(George Friedman)は、アメリカ史を長期サイクルから解する独特の史観を持つが、彼はいま終わろうとしているサイクルの問題点をテクノクラシー(専門家支配)とみている(Friedman, 2020)。2022年の中間選挙の際には、中絶の権利を長年認めていた連邦最高裁の「ロー対ウエイド」判決の撤回(2022年6月)から日が浅く、中絶が民主党のキャンペーンで有効に働いた。しかしながら、2024年の選挙までに、多くの州で中絶の権利を州憲法等に位置付けるようになり、投票先の決定の上での中絶の重要性が低下した。Swing Statesとされる州のうちでも、アリゾナ州、ネバダ州、ミシガン州では住民投票で中絶の権利を認めている。そして、トランプは、中絶の扱いは各州が自身で決定すべきとし、問題への深入りを避けた。その他、ハリスの敗因としては、3)自身の見解を積極的に明らかにし、説明する機会を持たなかったという戦術的問題を指摘する声もある。選挙の結果は全体として民主党に深刻な反省を強いるものとなった。これらの分析の示唆する解釈は、2024年の選挙は中位投票者定理が機能した普通の選挙であったというものである。中位投票者とは、各投票者の選好に基づいた各人の立ち位置を一直線に並べた時、中央値となる投票者である。中位投票者定理は、一定の条件の下で、この中位投票者の好みが投票の均衡点となることを意味し(Black, 1948)、民主党/共和党の二党制のもとでは、この中位投票者が投票する候補者が勝利することになる。中位の有権者はバイデンの経済、移民についての劣悪なパフォーマンスに不信任を突きつけた。インフレについては、サプライチェーンの混乱、ウクライナ侵攻に由来する部分があったとしても、(第一回でみた通り)財政がインフレの昂進の大きな原因であった。移民については、図3.1の示す通り、人口のなかで外国生まれの者が、アジア系移民への排外主義を生んだ19世紀末から20世紀初頭のピーク(15%弱)に迫る状況であったにも関わらず、移民問題に寛容な立場*2) この節の分析に際しては読売新聞アメリカ総局(2024)、Galston(2024)、Kamarck(2024)を参照した。 26 ファイナンス 2025 Feb.2.セットアップ(1)2024年の選挙―中位投票者定理から

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