SPOT 「ドナルド・トランプがアメリカの制度に重大な脅威をもたらすという民主党の警告に、アメリカの有権者がほとんど動じなかったことは、それほど驚くべきことではなかった。…多くのアメリカ人、特に中西部や南部に住む大卒でない人々は、『自分たちの土地に住むよそ者』のように感じるようになった。さらに悪いことに、民主党は労働者階級の政党から、労働者階級とほとんどプリオリティを共有しない技術系企業家、銀行家、専門職、大学院卒の連合になった。…高学歴層やメディア・エコシステムは常にアイデンティティの問題を強調し、多くの有権者をさらに遠ざけている。専門家主導のガバナンスの約束は、少なくとも2008年の金融危機以降、虚ろなものとなった。金融システムを設計したのは専門家であり、そのシステムを公益のために設計したはずであったのに、彼らはリスク管理の方法を知っていたため、ウォール街で巨万の富を築いた。公益のためだというのが事実でないことが判明しただけでない。政治家や規制当局は、家や生活を失った何百万人ものアメリカ人にはほとんど何もしないまま、犯人たちを救おうと躍起になった。COVID-19危機の際には、ロックダウンやワクチンといった問題が科学を信じるかどうかのリトマス試験紙となった。主流メディアでは、異論を唱える者は黙殺され、代替メディアへと追いやられた。…規制や安全手順が倍増するにつれて、公共サービスの効率は低下している。例えば、米国の高速道路1マイルあたりの政府支出は、新しい安全規制と手続きの追加により、1960年代から1980年代にかけて3倍以上に増加した」(ダロン・アセモグル、2024年12月3日; Acemoglu, 2024)。連載の最後の論題として、今回から次回にかけて、アメリカの政治、民主主義に関する理論的、実践的課題について考察する。アメリカの分断が言われて久しい。両党の争いは存亡をかけた闘いの様相を呈し、2020年の選挙の結果を巡り、2021年1月6日には暴徒が連邦議会に乱入し、死者が出る事態になった。トランプが複数の訴追を受け、政治的迫害であるとの主張を繰り返した。政権が党派間を移動する際の政策の振幅は激しくなる一方である。通商政策では、オバマと第一次トランプ政権の間に断絶があった。気候変動、移民・人種政策、社会政策では、オバマ、トランプ、バイデンの間で激しく揺れ、ふたたび、第二次トランプ政権で変動を経験しているところである。経済・財政、地経学・経済安全保障において、本稿は社会科学者たちの間に競合関係を意識的に見出すことで、各分野の議論の見取り図を得てきた。経済・財政では、バースタインとサマーズらの間、地経学・経済安全保障においては、サリバン、ライトハイザー、サマーズらの間の三つ巴の論争をみた。本稿では、政治における競合関係をジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)、ジェームズ・マディソン(James Madison)の間に見出す。ルソーもマディソンも歴史上の人物であり、ルソーに至っては、アメリカ人ですらない。ただ、ルソーとマディソンは、異なる政治的構想を生み出した人物であり、それぞれの構想はアメリカの政治を巡る論議のなかに現在も息づいている。以下、今回(第五回)では、2024年の選挙やポピュリズムなどの国際的動向を整理し、議論をセットアップした上で、ルソーとマディソンによる異なる構想の競合状況を検討する。つづいて、アメリカにおける分断について現状を把握した上で、移民・人種問題との関わり、*1) 前在アメリカ合衆国日本国大使館公使(2021年5月〜2024年7月)。博士(経済学、一橋大学)。なお、本稿のうち、意見にわたる部分は個人の見解であり、組織を代表するものではないことをお断りしておく。ファイナンス 2025 Feb. 25財務総合政策研究所客員研究員 廣光 俊昭*11.はじめに*1Ⅲ.アメリカの民主主義―アメリカの民主主義(1)アメリカにみる社会科学の実践 (第五回)
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