5 5 終わりに2022年からはウクライナからの避難民を多数受け入れました。これにより、まさにベルリンもそうでしたが、ドイツ国内の住宅供給が逼迫しました。ただでさえ物価が上昇している状況に加えて都市部を中心に家賃が跳ね上がり(図3)、ドイツ人自身が不利益を被っていることに不満が募りやすく、排他的思想のAfDに支持が向かいやすくなりました。難民・避難民の受入れという国際社会への連帯の表明の結果が、国内の市民の分断に繋がっているようにも見えます。信号連立政権の時代はメルケル時代で築かれた国際関係の見直しを強いられる時代となりました。しばしば「エネルギーはロシア、貿易(輸出)は中国*19、安全保障はアメリカ」といった言葉で従来のドイツの国際関係が評されてきましたが、特にロシアと中国との関係が崩れました。ロシアのウクライナ侵攻を受けて従前ロシアに大きく依存していたエネルギー輸入の見直しは最重要課題となりました。ロシアからの安価なエネルギー輸入を控えたことでドイツのエネルギー価格は相当に高騰しましたが、輸入先の再構築は途半ばです。対中経済関係も見直されつつあります。ドイツの自動車業界にとって中国は魅力的な市場であり続けていますが、中国は安価な電気自動車(EV)を大量に輸出したこともあり、ドイツ自動車に対する世界的な需要が減衰し、ドイツ自動車業界は今まさに苦境に立たされています。かといって中国市場への依存状況は抜け出せません。中国産の希少資源が政治的動機に基づく経済的威圧に利用される可能性や、重要技術情報の漏洩リスク、インフラ設備管理保全などの観点から、経済安全保障に係る対中懸念がドイツにおいて高まりつつあります。この経済安全保障の観点からは、メルケル時代には残念ながらあまり見向きもされなかった日本が、最近ではドイツにとってのアジアにおける重要なパートナーとして再浮上しています。2024年7月には当時の岸田総理がベルリンを訪れました。ショルツ首相との会談を受けて同年11月にはベルリンにて第1回日独経済安全保障協議が事務方レベルで開催され、筆者も日本財務省を代表する立場で参加しました。2025年以降も、連邦議会選挙を挟みつつ、同協議や首脳及び閣僚レベルでの政府間協議を継続的に開催していく方向です。こうした背景から日独間の連帯はかつてないほどに強まりつつあります。安全保障の観点から、アメリカは引き続きドイツの重要なパートナーです。ウクライナでの戦争を背景に、EUの中でもドイツはアメリカに次ぐ対ウクライナ軍事支援国ではありますが、トランプ政権の対ウクライナ方針が未だ明らかとなっていない状況では、EUの中でドイツが今後、従前に増して強力な軍事支援が求められる可能性があります。アメリカを頼り切れないとすれば、ドイツはNATOにおけるEUの主要国としての立ち位置をより強固な支柱として改める必要がありそうです。本稿ではドイツの冬景色をお伝えしました。明るい話題も盛り込めたらと思っていた筆者自身にとっても、存外に薄暗い話ばかりになってしまいました。しかし筆者が着任以来追い続けてきたドイツの政治経済情勢の現実はこのようなものでした。本稿校正を繰り返している1月上旬をしてベルリンではまだ雪が積もりません。真っ白な雪で全てが美しく包み込まれるときが、そろそろ来てくれればと思います。1月、そして2月は依然として厳冬が続きます。他方で世の中では新しい変化が生じます。米国ではトランプ政権が始動し、ドイツでは連邦議会選挙が行われます。これらのイベントは必ずしも新たな希望となるとは限りません。しかし停滞した秩序が変化するときとは、同時に何らかの前向きな変化を呼ぶ転機になり得ます。この大きな情勢変化がドイツにとって前向きなものであればと願いつつ、読者の皆さまにおかれましても今年新たに転機が生じたならば、その機会を強かに生かさんとする情熱の燈火がますます盛んであることを祈ります。(2)国際関係の再編海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー*19) 対中貿易の内容を統計で確認すると、輸出額のうち車両関連品が最大である一方、輸出総額よりも輸入総額が上回る貿易赤字が続いており、ドイツ経済全体として中国相手に稼いでいるとは評し得ない。 85 ファイナンス 2025 Jan.
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