ファイナンス 2025年1月号 No.710
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連載海外 ウォッチャー 4 4 分断と連帯「債務ブレーキ(Schuldenbremse)」という単語は条「景気循環調整」を加味、すなわち不況期には起債上CSUは、メルケル時代に重心を置かなかった国防政基本法を改正し、2011年から段階的に運用を本格化し、2016年から完全実施された新しいルールです。文中に存在しないものの、通称名として人口に膾炙しています。この起債上限額は「対GDP比0.35%」に限額を引き上げ、好況期には引き下げる調整がなされて決定されます。加えて融資といった返済が確実視される形の支出の財源を起債によって賄うこと(財政中立的な金融取引)は、特段の上限額が定められることなく可能です。例として未だ成立していない2025年当初予算(2024年議会提出時点)を見てみましょう。土台となる対GDP比0.35%は144億ユーロです。ここに景気の低迷を踏まえて98億ユーロが、さらに財政中立的な金融取引として271億ユーロが加わります。その結果、起債上限は513億ユーロとなります。予算総額は4,886億ユーロですので、その約10.5%を公債金収入によって賄う計算です*10。さて、現在の支持率に基づけば来る選挙で第一党となるであろうCDU/CSUのスタンスはどうでしょうか。メルケル政権(CDU/CSU)の下では債務ブレーキを着実に履行し、債務残高対GDP比を縮減してきました。メルツ党首をはじめ同党の有力議員も債務ブレーキ改革に基本的に反対の立場であり、現行規定を維持する意向です。同党の連邦議会予算委員会における主要議員は「予算問題は、ますます手に負えなくなる債務政策によらず、経済成長力を強化することで解決すべき」と述べました*11。財政措置に依らずとも制度変更や執行の質を改善することで施策効果が高まる可能性はあるでしょう。ただ、安全保障環境の目まぐるしい変化を受けた国防体制強化の需要には現行制度で対応し切れるか疑問があります。国防体制整備は防衛装備品の調達や新規技術開発に依拠する部分が大きく、加えて米トランプ政権がNATO加盟国に対し国防負担増を要求した場合、連邦政府予算には並々ならぬ国防費の増額圧力が掛かります。ここにおいてCDU/策へのスタンスが否応なく問われることになります。ここまでドイツ連邦政府・議会の動向に焦点を当ててきました。しかし首都ベルリンばかりを注視してもドイツを理解するには不十分です。ドイツは16州からなる連邦国家であり、かつては神聖ローマ帝国という多数の領邦国家の集合体でした。北ドイツのプロイセン王国と南ドイツのバイエルン王国は別の国でした。また冷戦期には東西で異なる国家でした。「ドイツ人」と一口に言っても深く共有されたアイデンティティがあるわけではなく、地域によって異なるドイツ観があります。現在のドイツ連邦共和国は1990年10月3日に東西再統一してからの体制で、昨年10月には34回目の統一記念日を迎えました。この統一は、西ドイツが東ドイツを編入する形をとりました。すなわち二つの同等なパートナー同士の統一ではなく、挫折した東ドイツを成功した西ドイツ(連邦共和国)に編入し、西ドイツの秩序を編入領域に移植するという再統一が目指されたのです*12。16年間に渡り首相として統一ドイツを導いたアンゲラ・メルケルの生い立ちは東ドイツにあります。1954年にハンブルクで生まれるも、まもなく牧師の父の都合で東ドイツに移り、ベルリンの壁が崩壊するまで東ドイツ市民として過ごしました。学業優秀にして理論物理学者としてのキャリアを歩んでいたメルケルは、東西統一後に政界へ転身し、2000年4月にはCDU党首に就任し、2005年連邦議会選挙で首相の座につきます。政界引退を表明し不出馬であった2021年9月26日の連邦議会選挙直後、首相として最後の10月3日統一記念日における演説では「私の国とはつまり何なのか(Was also ist mein Land?)」と題し次のように語りました*13。「このドイツ統一が、西ドイツの多くの人々にとっては今までと何も変わらない生活がそのまま続いていくということを本質的に意味しており、一方、私たち東ドイツの人々にとっては、政治、仕事や労働環境、(1)東西ドイツ*10) 我が国の2024年度当初予算における公債依存度は31.5%。*11) Handelsblatt, 12 Nov, 2024, ‚Union lehnt Pläne für neues Sondervermögen von SPD und Grünen abʻ*12) アンドレアス・レダー 著、板橋拓己 訳『ドイツ統一』岩波新書、2020年*13) 藤田香織 訳『アンゲラ・メルケル演説集 私の国とはつまり何なのか』創元社、2022年 83 ファイナンス 2025 Jan.

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