ファイナンス 2025年1月号 No.710
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図8 債務残高対GDP比の推移300%201620172018201920202021251.2%202220232024250%200%150%100%50%0%2015日本イタリアアメリカフランスカナダイギリスドイツG7ユーロ圏62.7%ファイナンス 2025 Jan. 82海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー 新政権樹立までの行政運営は現行政権が継続します。とはいえ2025年中の当面の予算執行は暫定予算によって賄われることになります。暫定予算では義務的支出の執行が認められており、2025年予算総額に比しておおよそ8割程度が執行可能です。それゆえアメリカで見られるような行政機関の機能停止といった事態はドイツでは生じないものの、ウクライナ支援や景気刺激策には新たな一手が打てない状態が続きます。政権を追われたFDPという政党の性格は報道等でいわれるところの「特定の顧客のための政党」であり、幅広い国民から支持を得ることを必ずしも政策形成方針の原理とはしておりません。リントナーFDP党首は信号連立における財務相としてビジネス拠点としてのドイツの地位を高め、自由競争を促し、市場経済を活性化させ、政府として財政規律を遵守することを掲げてきました。国民のすべての層には支持を求めないがゆえに、財政規律遵守という必ずしも万人受けはし得ない(が、一定の支持者は存在する)大義名分を掲げて原理主義的主張を貫くことができ、それがFDPの強さでした。しかし信号連立政権下では実態経済は伸び悩む一方、社会保障、国防、公共事業、債務償還といった分野を中心に財政支出圧力が年々高まりつつあります。この状況下において、リントナー財務相の財政規律遵守姿勢は政権内外から批判に晒されやすくなりました。例えば連邦議会におけるSPD院内総務のミュッツェニヒ議員は2024年7月に、「政府の全てのレベル、またほぼ全ての政党において、基本法を改正し、債務ブレーキを改革する必要性への認識が高まっている」と述べました。7月とは、翌年度予算の政府草案を閣議決定するタイミングです。その数日後、リントナー財務相(当時)は同議員の発言を批判しつつ、「債務残高対GDP比が(EUのマーストリヒト基準である)60%を下回れば、債務償還計画を再編成でき、新たな(財政的)対応の余地が生まれるだろう。それまでは、財政規律を守るよう勧める。」とコメントしています。ここでポイントであるのは、リントナー前財務相は現行の債務ブレーキを盲目的に信奉して変更の余地を認めていなかったわけではなく、ドイツの債務残高対GDP比が60%を少し上回っている現行水準から、EUの安定成長協定(Stability and Growth Pact:SGP)に基づく水準である60%を下回れば、柔軟な対応を検討し得る姿勢を示していたことです(図8)。EUとドイツの財政規律の両方に意を配している点で、リントナー前財務相はショルツ元財務相よりも財政規律に関する包括的な視座を有しています。次期政権では債務ブレーキの在り方が主要な論点の一つになります。連邦議会議員や研究機関からは既に「基本法を改正して制約を緩和すべき」、「変更すべきではない」、「国防費など一部の歳出分野の財源については債務ブレーキの制約対象外とすべき」といった様々な見解が提示されています。ここで債務ブレーキの内容についてもう少し掘り下げておきましょう。債務ブレーキとは先述のとおり、基本法115条第2項に規定された政府の起債に基づく資金調達手法の上限を定めたルールです。2009年に(3)次期政権の財政運営の課題(データ出所)IMF写真4 上空から俯瞰した連邦財務省庁舎。ナチス政権下の1935年に帝国空軍司令部として建設。1999年より連邦財務省庁舎。日本の財務省庁舎より広大なるも、人員はその半分程度の約1,000名が勤務。多くの職員が個室を有する。[撮影:筆者]

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