ファイナンス 2025年1月号 No.710
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海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー 信号連立の消灯は、予兆こそあれど、しかし突然にやってきました。11月6日の20時半過ぎに筆者は職場を離れ帰路歩いていると、まだ職場に残っている同僚から「ショルツ首相がリントナー財務相解任」と速報メールが入りました。財務相の解任ともなれば筆者の業務に及ぶ影響が甚大であるため、諦めにも悟りにも近い気持ちで人気の少ない夜道を高笑いしつつ歩みを速めたことを覚えています。連立崩壊の予兆があったことは確かです。2025年予算の歳出規模に対して十分な根拠を伴う歳入見積りがなされておらず、その所謂「予算ギャップ(Haushaltslücke)」を埋め合わせる方策について、議会プロセスが始まった9月以降、木の葉が緑から紅や黄に色づき、枝から落ち始めてもなお進展が見られないままでした。10月末にはショルツ首相が単独でドイツ経済界の主要企業を集めた意見交換会を催し、同時にリントナー財務相もショルツ首相に招待されなかった企業を招いて独自の懇談会を催しました。次いで11月初旬にはリントナー財務相がFDP党首の立場で独自の政策集を公表し、その内容は連邦労働社会大臣(SPD)が提示した団体交渉法の改正案の否定や、連邦経済・気候保護省(ハーベック大臣:緑の党)の重要財源である気候・変革基金(KTF)の廃止など、連立パートナーであるSPDや緑の党にとって受入れ難い内容が含まれていました*7。(1)「その日」は突然やってきた2023年通年2024年上半期89.990.162.790.868.190.190.364.091.070.5ファイナンス 2025 Jan. 80(出所)「ドイツ鉄道グループ統合中間報告書:2024年度上半期」輸送主体DBグループ(鉄道) DB旅客輸送  DB長距離  DB地域 DB貨物写真3 ライプチヒ駅のプラットホームに控えるICE。[撮影:筆者]図7 ドイツにおけるドイツ鉄道(DB)の定時運行率,%旅客輸送の定時性は2021年度から低下傾向が継続しているようです。同中間報告によるとその主な原因として、(1)設備状態が劣悪で、レール・枕木・分岐器など路盤上の設備で多数の障害が発生し、これに起因する速度制限も多数発生、(2)事業年度中に予定外の新規工事が発生し、運行管理が混乱しがち、(3)大規模ハブ駅周辺での列車本数の増加、(4)労働市場の□迫に伴い、資格が求められる指令員や運転士などの人材が不足、(5)1か所の問題が他の路線に波及しやすく、運行全体に大きな悪影響が発生、といったものが挙げられています。施設管理状態の劣悪さが真っ先に挙げられる点は、インダストリー国家というドイツのイメージらしからぬものがあります。しかしDBはドイツ連邦政府が株式を100%保有する国有鉄道会社であり、軽微な施設維持は自己財源で賄うものの、大規模修繕は国費投入を要する財務構造になっています。メルケル政権下では公共事業にあまり予算が回らず施設の老朽化が放置されたことと、そもそも高速鉄道と在来線が線路を共用している等のため運行管理が複雑であることが相俟って信号連立政権になると遅延が耐え難い水準まで悪化していたために、ようやく政府が大規模修繕に乗り出したのです。最近になってベルリン〜ハンブルクなど、主要都市間を結ぶ線路の改修工事が始まりました。その影響で□回ルートが用いられるために運行管理が複雑化し、今後も何年かは深刻な遅延が続くと見込まれています。*6) 11月6日に生じたばかりの事案である「信号連立の終焉」を意味するこの言葉は、ドイツ語協会によって2024年12月6日に2024年の「今年の言葉(Wort des Jahres)」に選ばれた。*7) このリントナー党首の政策集は1982年の事例に照らして「離縁状(Scheidungspapier)」と評された。当時、小連立与党であったFDPの党首・ラムスドルフ連邦経済大臣が緊縮財政、減税及び福祉国家の削減を主張する論文を発表したが、大連立与党であったSPDにとって受入れ難い内容であった。当時のFDPはSPDが論文中の要求内容を拒否することを想定していたため、この「ラムスドルフ論文」は意図的な「離縁状」と称された。アンペルアウス 3 3 Ampel-Aus*6:信号連立の消灯

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