ファイナンス 2025年1月号 No.710
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ライブラリー来世代に脅威をもたらしている例として、フューチャー・デザインに論を進めている(第二章)。少し意外なところから話を展開しているところが興味をそそられる。また、アメリカの五大湖のほとりに住んでいたイロコイと呼ばれるネイティブ・アメリカンの集落では、「重要な決まり事は七世代後の人々の視点で意思決定する」というルールがあった。これは、西條先生が温めていたアイディアをアメリカでの夕食会で披露したところ、偶々参加者の一人が紹介してくれたエピソードとのこと(第三章)。ドラマティックな展開だ。(大本)それから西條先生のアイディアである「未来人」になり切って議論をする、つまり「仮想将来人」は本当に将来世代の立場で意見を述べられるのか、という実験が行われ、「仮想将来人」のグループは持続可能な意思決定を行う割合が高くなることが判明しました(第五章)。これを実験室だけでなく、実際の社会で初めて実践したのが、岩手県矢巾町です(第六章)。矢巾町では町民が「仮想将来人」となり、2060年の矢巾町を考えたところ、将来も水道の水質を維持するために水道料金を値上げすべきといった意見が町民自ら出されたことが注目されています。この取組が町全体に広がり、町長は「フューチャー・デザイン・タウン」を宣言し、町をあげて推進されています。矢巾町以外にも、長野県松本市や京都府宇治市など様々な自治体での実践が広がっています(第八章)。実践にあたっては、「仮想将来人」になる前に、「パスト・デザイン」といって「現在」から「過去」を振り返ることで、より持続可能な選択をするようになることが示唆されていたり(第七章)、実践する地域や組織の事情・歴史を踏まえ、当事者に合った多様なスタイルで実践することを推奨する「当事者原則」が掲げられていたりします(第十章)。こうしたところから、フューチャー・デザインは研究者の先生方だけでなく、参加者も含めた(中村)(大本)「将来可能性」を発揮し、持続可能な政策決定をすること(中村)日経BP 日本経済新聞出版 2024年7月 定価 本体3,800円+税評者 67 ファイナンス 2025 Jan.FINANCE LIBRARYこども家庭庁 官房長中村 英正主計局調査課 課長補佐大本 エリナタイトルにあるフューチャー・デザインとは、将来に影響する課題について議論する際、議論に参加するのは現在に生きる人のみという制約から逃れることはできないけれど、議論参加者の中に「未来人」という役回りを与えて、将来世代の立場をより明確化・具現化して、「現在人」であることによるバイアスを減じていこうという試みだよね。仰る通りです。私達は、こどもや孫には自分が少し我慢してでもより良いものを与えることで幸せな気持ちになることが少なからずあると思いますが、それを社会全体に広げた潜在意欲のことを「将来可能性」と言います。そのが、フューチャー・デザインの重要な考え方です。著者の西條辰義先生(京都先端科学大学特任教授)は、実験経済学や環境経済学をご専門とされ、資源を無駄に使うことなく、公平な社会をデザインする制度設計について長くご研究をされている先生です。海外の名だたる大学でも研究者を務められており、畏れ多かったのですが、実際にお話ししてみると、とても無邪気で次々にアイディアが浮かんでくる博士のような方で、他方で私達のような実務者の声も尊重してくださる寛容なお人柄の先生です。今回ご紹介するのは、その西條先生がフューチャー・デザインについて書かれた400ページを超える大著です。書き出しはハーバーボッシュ法から始まっている(第一章)。昔、勉強した記憶があるが、アンモニアの人工的な製造法であり、化学肥料を効率的に作り出し、「緑の革命」につながり、世界を食糧不足から救ったとされている。他方で、大量の窒素化合物を放出することになり、健康上への悪影響や温暖化といった負の側面にもつながっているとのこと。西條先生は、これを現世代の便利さと引き換えに将西條 辰義 著フューチャー・デザイン

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