ファイナンス 2025年1月号 No.710
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SPOT ファイナンス 2025 Jan. 44ことが予想される人々が自身の代表を持つことである。第四は、少なくとも数百年、おそらくは数千年という長い時間軸の中で、代表者を定めることである。第三と第四が示唆する通り、ガーディナーは想像上の将来世代の利害を制憲会議に取り入れようとしている。他方、ガーディナーは制憲会議という箱を作るところで提案を止めている。ガバナンスの下部構造を具体的には語らず、ましてや気候変動などの個別のリスクへの対処には触れていない。マイケル・マッケンジー(Michael Mackenzie、ピッツバーグ大学)は、ガバナンスの下部構造を考えている論者のひとりである(Mackenzie, 2017, 2021)。民主主義は近視眼的であり、権威主義的体制の方が優れているのとのナラティブに対し、彼は民主主義の枠内で複数の制度的手当を講ずることで、民主主義に長期的視野を与えようとする。彼は市民間や議会内でおこなわれる熟議に信頼を置きつつも、熟議を取りまく制度的手当(議員任期の長期化、専門家のサポートなど)を見直すことを提案する。イニゴ・ゴンザレス-リコイ(Iñigo González-Ricoy、バルセロナ大学)とアクセル・ゴセリ(Axel Gosseries、ルーヴァン・カトリック大学)の編集した、Institutions For Future Generations(2017)には、欧米の論者から具体的な制度改革の提案が寄せられている。その提案には、将来世代の利害に基づくオンブズマンの設置、憲法への将来世代の権利擁護規定の加筆、選挙制度改革などが含まれている。もっとも、人類は無からガバナンスを作り出す必要はない。既存のものには使えるものもある。デイヴィッド・ヴィクター(David Victor、UCサンディエゴ)は、アメリカの相対的力の衰えた現在、大きなガバナンスを作るのは困難であるとしつつ、(京都議定書とは対照的に)ローカルな実践を積み上げるパリ協定のスタイルに可能性を見出す(Sabel & Victor, 2022)。ロバート・スターヴィンス(Robert Stavins、ハーバード大学)は、今後の気候変動対策でカギを握るのは、パリ協定の6.2条すなわち炭素市場ルールを活用することであるとする(Ranson & Stavins, 2015)。この規定は途上国にとっては必要な資金を得る機会になり、先進国の民間企業にとっても目標を達成する手段になる。アゼルバイジャンで2025年11月に開かれた、国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)は、炭素市場ルールの最終合意に達している。AIについても、2023年、日本がG7の議長国としてまとめた「広島AIプロセス」(G7 Summit, 2023a)に基づき、2024年12月、G7やOECD加盟国などがAI開発事業者にリスク報告を求める枠組みに合意している。現在あるガバナンスの資産を活かしつつ、そのなかからガーディナーらの提案するような時間的視野の拡大を伴う、より包括的なガバナンスへの進化を進める必要がある。楽観は許されない。アメリカに視野を限っても、トランプの反科学のエートスがどのような形を取るのか注意を払う必要がある。トランプはパリ協定や国連気候変動枠組み条約からの離脱を示唆している。反ワクチン派などの幹部への起用は、オペレーション・ワープ・スピードでコロナ・ワクチンの早期開発を成し遂げた、第一次政権での自らの業績を傷つける。ウィリアム・マカスキル(William MacAskill、オックスフォード大学)は、技術革新を止めることはできず、技術によってリスクを軽減することを重ねる綱渡りをつづけるほかないとする(MacAskill. 2022)。たしかにその通りだが、その場合、人類はますます多くのことを専門家に委ねることになる。専門家によるガバナンスと民主的ガバナンスの折り合いを付ける必要性は、いつになく高まっている。第三回と第四回では、アメリカとの世界との関わりにおいて、(法律家や哲学者を含む)社会科学者らが、なにを議論してきたかを検証してきた。以下では総括として三点述べたい。ひとつは、J.S.ミルが『自由論』(1859)で述べた、言論の自由市場(marketplace of ideas)が、社会科学者の間ではまだ生きていることである。社会科学者たちは全体として時流に流されることなく、多様な見地から時の課題を検証する言論空間を保ち続けている。第一次トランプ政権、バイデン政権を経て、大国間競争がアメリカ外交における支配的な課題となった。分断の著しい政治において、超党派で一致できる唯一の課題は対中政策であるともいわれる。それでも、三つ巴と表現したアプローチ間の相違とその間の応酬は持続している。民主党系と共和党系の論者の間7.地経学、経済安全保障についての総括アメリカにみる社会科学の実践(第四回)

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