ファイナンス 2025年1月号 No.710
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SPOT ファイナンス 2025 Jan. 42人々に囲まれて多くのことを学ぶ。そして、亡くなる時に後から来た人々に物事を託す。このことは人間の自己理解の基本的な特徴であり、脚本(script)を世代間で書き継いでいくという人間の営みは普遍的なものだという。シェフラーは、人間が将来世代のことを気にかける理由として、利害、愛、価値、互恵性の四点を挙げている。我々の関わる事業は個人の寿命を超えた長期の目標を持ち、自分の死後の事業のなり行きに我々は関心を持つ(利害)。我々は自分の後継者への利他的動機を持つ(愛)。我々は芸術活動に個人的愉しみを見出すのみならず、その活動が死後に引き継がれることを望む(価値)。現世代から将来世代に対して、現世代の振る舞いが将来世代に影響するという因果的関係がある一方、将来世代から現世代に対しては、現世代の生きる価値が将来世代の存在そのものに依存するという関係があり、全体として互恵関係が成り立つ(互恵性)。我々は人類が存続することに関心を持っており、この動機を持っていることを人々に説得することで、必要な政策への支持を高めることができると、シェフラーは期待する。シェフラーの議論を通じ、我々は自身の関心を地理的、時間的に拡大することができる(コラム2.8では、マイヤーやシェフラーの議論を「実験」により検証する試みを紹介する)。(2)新しい道徳的基礎未来のことを考える際、長らく哲学者たちは基礎的な問いと格闘してきた。その問いとは、デレク・パーフィット(Dereck Parfit)の提出した「非同一性問題」と呼ばれる問題である(Parfit, 1984)。パーフィットは、我々現在生きている者の行為は物事の進み方(歴史)を変え、未来に誰が生まれるのかまでも変えてしまう。たとえ、我々の行為が未来に悪をなしているようにみえても、その未来の人々当人は、その行為がなければ生まれてこなかったのだから、我々の行為を咎めることはできない。パーフィットはこう指摘し、なんとか自らこの問題を解こうとした。問いとの格闘は現在も続いている。ただ、有力な解決策が提案されるようになり、未来に関する哲学(世代間倫理)は次第により強固な基礎を持つようになってきた。ルーカス・マイヤー(Lukas Meyer、グラーツ大学)は、一定の敷居を基準とし、行為の結果として敷居値を下回る人物が存在するのであれば、その人物に危害が加えられたと認めればよいという提案をしている(Meyer, 2003)。サミュエル・シェフラー(Samuel Scheffler、ニューヨーク大学)は、人類の存続が我々ひとりひとりに持つ意味を考えることから、新しい世代間倫理を立ち上げている(Scheffler, 2013, 2018)。シェフラーは、自らの死後の人類の存続(afterlife, 死後の生)が個人の生の継続よりむしろ重要であるとする。なぜならば、人類の存続があってはじめて個人の生存中の活動が価値を持つからだという。シェフラーは、誰も早死にするわけではないが、今後地上に子どもがひとりも生まれなくなる不妊のシナリオなどに訴え、人類が個人的死のあとに続くことの意味を説明する。これらシナリオは賦課方式年金の機能不全などの問題を引き起こすが、シェフラーによれば、本当の問題は社会に蔓延する無気力だという。我々人間は生まれた時からアメリカにみる社会科学の実践(第四回)であるとする。ただ、畜産ロビーは強力で、イタリアで畜産業の反対で代替肉が使えなくなるなどの後退に見舞われているという。需要サイドにも問題があり、長年動物福祉団体が運動してきて、ようやくビーガン人口が2%、ベジタリアンが6%と需要サイドの変化は遅々としている。ただし、アメリカでは外食が多く、その食材をつくる外食産業は寡占状態にある。外食産業の使う食材を非動物由来のものに切り替えることができれば、代替を効率的に進めることもできるとも指摘する。

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