SPOT ファイナンス 2025 Jan. 36る。これらの分析に基づき、彼らは、制裁は軍事的・外交的手段に代わるものではなく、それを補完するものであると指摘する。制裁に過度に依存し、その短期的な効果を過信することのないよう警告する。続いてヴェストらがまとめた中国からの逆制裁に関する報告書では、中国の手段は貿易と投資に偏り、金融によるものは限定的であるとしつつも、中国がすでに経済的威圧(コラム2.1参照)の多様な手段を充実させ、実践していることに注意を促す。アメリカの対中輸出を抑制するという中程度のシナリオでも、790億ドル以上のアメリカの製品およびサービスの輸出がリスクにさらされ、G7全体による対中制裁措置を含む、よりエスカレートしたシナリオでは、G7の対中輸出総額約3,580億ドルがリスクにさらされる。輸入面では、G7は中国からの4,770億ドル以上の輸入品に依存しており、それらが中国の輸出規制の対象となる可能性があり、投資に関しては、G7の直接投資資産の少なくとも4,600億ドルがリスクにさらされるとする。他方、彼らは、中国の1億人以上の雇用は海外の最終需要に依存しており、逆制裁は中国にもリスキーであることにも注意を促す。このため、中国は非対称的な痛みを与えることのできる分野を標的にする可能性があり、特にレアアース、医薬品有効成分等が標的になるとする。また、中国はG7を分裂させるように努め、G20の各国が中立を維持するよう、二国間融資を含む誘因を用いる可能性があると指摘する。さらに、ヴェストらは、人民元建ての取引ネットワークなどを開発することで、中国が制裁に対する耐性を作りだそうと(4)対中制裁についてのアメリカの議論ロシア制裁の傍らで、アメリカでは台湾有事を念頭に対中制裁についての頭の体操が行われていた。チャーリー・ヴェスト(Charilie Vest、ロジウムグループ)らは、アトランティック・カウンシルと共同で、G7による対中制裁、中国によるG7への逆制裁についての報告書をまとめている(Vest & Kratz, 2023; Wright et al., 2024)。対中制裁の報告書では、台湾海峡で戦争に至らない程度の大規模なエスカレーションが発生した場合、G7が取りうる制裁を検証している。ヴェストらがターゲットとして検討したのは、1)金融セクター、2)政治・軍事指導部に関連する個人と団体、3)軍事に関連する産業部門の三つである。彼らは、多くの人が大規模な金融制裁ばかり思い描いているが、ミドルレベルの制裁に注意を向ける必要があるとする。最大規模の金融機関に対する制裁を含む最大限のシナリオでは、少なくとも3兆ドルが即座に途絶のリスクにさらされると推定し、この規模の影響は戦時シナリオ以外では政治的に困難であるとする。最大限の金融制裁は、G7にとっても壊滅的であり、実際に取りうるのは個別銀行の制裁にとどまると示唆する。ミクロレベルの個人制裁はシンボリックな意味を持つものの、オルガリヒからプーチンが力を得ていたロシア以上に、中国では効かないとみる。これら上下両端の制裁に代わり、ウェストらが注意を払うのは、アシンメトリーのある産業分野であり、例えば、航空宇宙産業では軍事的衝突よりも下のレベルの事態で制裁の意味のある使い方ができるかもしれないとすアメリカにみる社会科学の実践(第四回)ローカル・クレイムであり、自国が直接戦争に巻き込まれなくても、カネの経路を通じて、自国にも影響が及ぶことがある。フリデリーケ・ニップマン(Friederike Niepman、FRB)らは、国毎の地政学リスク指標(Geopolitical risk index:新聞記事のテキスト解析に基づく指標)を用い、銀行ごとの地政学リスクへのエクスポージャーを指数化し、当該指数と米銀の国内貸し付けの関係を回帰分析した。その結果、指数の1標準偏差の上昇は、国内貸し付けを16%減らすことを見出した(Niepmann & Shen, 2024)。この減少は、銀行が資本要件を満たすためには、国内融資を減らすことが最も簡単な方法であることによってもたらされる。意外なことに、地政学的リスクにさらされた銀行は、対外貸付のかなりの部分を継続していることも分かった。対外貸付には、1)海外支店や子会社から現地で融資を行う場合と、2)国境を越えて融資を行う場合があるが、彼らの分析によれば、リスクが高まっている国では、国境を越えた融資を減らしつつも、現地での貸出は維持されているか、むしろ増加していた。ニップマンらは、このパラドックスに対し、ウクライナ侵攻による逸話的証拠から光を当て、海外資産の売却はコストがかかりすぎることが背景にあると推察する。
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