ファイナンス 2025年1月号 No.710
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SPOTDual-use goodsで、西側の商標の直接の輸入が46.9パーセンテージポイント減ったのは良いとしても、西側の商標の間接輸入が9.3パーセンテージポイント、中立国の商標の輸入が10.8パーセンテージポイント増加することで、減少の4割以上(19.8+22.9)が埋めあわされている(Chupilkin et al.,2024)。先述のウクライナ侵攻前に財務省が出したレビューは有益な視座を提供している。その第一の勧告、「制裁を明確な政策目的とリンクさせること」については、現在ではロシアの戦争のコストを高めるとい支配的見解が出来上がっている。ただ、当初はロシアに甚大な打撃を与えるという政治的ステートメントが先行する場面があったのも事実である*21。制裁への支持を獲得するため、制裁の目標や効果のプレゼンテーションは積極化するが、高まった期待が失望に変わる時、制裁への支持を危うくする。期待値の管理はチャレンジングな課題である。第二の「多国間協調を実現すること」については、欧州やG7にとどまらず、豪州、韓国などパートナーとの連携のもとで制裁を推進したことは評価できる。ただし、先進国の経済的比重が低下するなか、中国はもちろん、インドなどグローバルサウスの多くがロシアと通常の経済関係を維持した。紛争当事者の間の裁定取引を通じ、中立国は利益を得ることができる。第三の「意図せぬ経済的・政治的・人道的影響を避けるため、制裁を調整すること」については、制裁が欧州経済等に与える影響を考慮し、綿密な調整が行われた。ロシアの穀物の輸出を許容したことも、途上国を含む世界経済への影響を考慮した証左である。第四の「制裁に関するコミュニケーション、アウトリーチを改善すること」はどうか。国内やパートナー間の期待値の管理という意味では、先述したシンのほか、サリバンやイエレンなどの政府首脳が尽力したことは認められて然るべきである。ただし、中立国へのアウトリーチという点では、道義に訴えるコミュニケーションは経済的実利を覆すほどの効果は持たなかった。第五の「デジタル資産など」については、ロシアへの金融制裁に鑑み、BRICS決済システムや中国のCIPS(Cross-Border Interbank Payment System)、mBridgeなど代替決済システムの実装の取り組みが加速したことを指摘する必要がある。ロシア制裁は壮大な社会実験であったが、その教訓のひとつは、制裁は有用であるものの、silver bulletではなく、外交、軍事などの他の手段との連携のもとで用いるものであるということである。シンは2023年のイベントで、侵攻前に制裁とともに大規模な軍事支援で応ずることを明らかにしていたなら、抑止力を高めることができていたはずだと述懐した(Atlantic Council, 2023)。この指摘は、制裁を事態の進展に応じて秩序立てて用いるよう事前に計画することの難しさを浮き彫りにする。二度目の侵攻であったから、西側にある程度の準備ができていたことは、侵攻後直ちに制裁が発動された経緯から読み取ることができる。ただ、大規模な制裁、軍事支援が後に続いたのは、なによりも、ゼレンスキーの欧州首脳らへの効果的な働きかけ、ウクライナ国民の予想外の奮戦がなければ到底考えられなかった。(出典)Chupilkin et al., 2024に基づき、筆者作成代替率19.822.920.739.123.52021(USD, bn)Dual-use goods西側商標・直接輸入西側商標・間接輸入中立国商標62.22.741.1製造品西側商標・直接輸入西側商標・間接輸入中立国商標14.20.68.5奢侈品西側商標・直接輸入西側商標・間接輸入中立国商標28.70.932.92023(USD, bn)差分15.312.051.9-46.99.310.81.53.313.5-12.82.65.08.55.726.0-20.24.8-6.9表2.5:ロシアの輸入状況(2021年、2023年)地政学的なイベントは、アメリカなどの先進国の銀行融資にどのような影響を与えるのか。金融機関はどのように対応しているのか。米銀の外国アセットはアセット全体の20%程度を占め、うち半分が支店・子会社による*21) 「我々の経済制裁と輸出管理の全てがロシア経済を押しつぶしています。ルーブルはその価値の半分以上を失っています。最近は1ドルになるのに約200ルーブルかかるそうです。モスクワ証券取引所は、2週間も完全に閉鎖されていますが、それは彼らが開いた瞬間におそらく崩壊することを知っているからです。信用格付け機関は、ロシア政府をジャンクに格下げし、経済をジャンクに格下げした。ロシアから撤退する企業や国際企業のリストは、日ごとに増えています」(Biden、2022年3月11日)。 35 ファイナンス 2025 Jan.コラム2.4:地政学的イベントと国際銀行の活動

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