SPOT ファイナンス 2025 Jan. 34経常収支の改善を助け、金融危機の回避の役に立った。中国がロシアの最大の貿易相手国となり、インドと中国が欧州に代わってロシアのエネルギーの最も重要な輸入国になった。2022年12月から稼働をはじめたロシア産石油の輸入に関する上限価格(プライスキャップ)は、ロシアの石油収入の減に貢献しているが、2022年中の動きとしては、商品価格の高騰等により、ロシアは過去最高の貿易黒字を記録することになった。侵攻直後から、ロシアへの迅速かつ包括的な制裁を主張していたのが、エドワード・フィッシュマン(Edward Fishman、アトランティック・カウンシル)である。フィッシュマンはクリミア侵攻時の国務省で対ロシア制裁を担当していた。フィッシュマンらは、2022年の2月28日付のフォーリンアフェアーズ誌で、制裁による侵略行為の抑止は失敗したが、ロシアの経済・技術的な消耗(attrition)を狙って包括的な制裁を科すべきであると指摘した(Fishman & Miller, 2022a)。この2月の論考、続く5月の論考(Fishman & Miller, 2022b)では、ロシアの石油輸出を劇的に減少させるための二次制裁の脅しの活用、(SWIFTからの除外は意義が低いため)大銀行への制裁などを通じ、ロシアに対する制裁を最大化することを求めた。イツホキらのいう、侵攻直後のフルスケールの制裁は、フィッシュマンらの提案したエネルギー部門を含む最大限の制裁と合致するものであろう。その結果がどうであったか仮定の質問に答えることはできない。しかしながら、2022年当時の欧州にもアメリカにも、エネルギー価格の一段の高騰を受忍する政治的意思がなかったことも、明白であったと思われる。(第一回の)図1.3の示すように、アメリカでインフレは二けた目前(6月の全品目CPIは9.1%)まで昂進していた。アメリカは2022年11月に中間選挙を控え、インフレが最大の争点のひとつに浮上していた。2022年中にアメリカ政府が追求した施策は、石油価格の安定を通じ、西側経済の安定とロシアの石油収入抑制の両立を図る、プライスキャップの導入であった。戦争当初から、ロシアの打倒を目標とすることに懐疑的な論者もいた。(第三回で慎重論者として挙げた)ジョージタウン大学のカプチャンは、2022年4月の論考で、アメリカが理想を掲げて戦い、悲惨な結果を迎えた過去に触れつつ、プーチンは次の10年も権力の座にとどまりうるのだから、現実的に考え、ロシアと選択的な関係構築を模索すべきと訴えた(Kupchan, 2022)。彼はオバマ政権の大統領特別補佐官を務めた、クリミア危機の当事者である。カプチャンは、2023年4月、リチャード・ハース(Richard Haass、CFR:Council on Foreign Relations)との共著論文で、当面はウクライナによる(当時の)攻勢を支援しつつも、2023年のうちには停戦し、交渉のテーブルに着くべきであると述べた*20。カプチャンらは、ウクライナの大部分を守りえている現状を固めることが重要であるとした。フィッシュマンらの議論は制裁を中心に物事をみており、部分均衡的な鋭さとバランスの悪さが併存している。他方、カプチャンの議論は、米欧の政治情勢や世界全体を俯瞰するもので、一般均衡論なバランスの良さが際立つ(地政学的イベントは、国際銀行の活動を通じても国内に影響を及ぼす。その影響については、コラム2.4を参照)。ホワイトハウスで制裁を指揮したダリープ・シン(Daleep Singh)は、2024年の講演で、制裁の目的をロシアの戦争遂行のコストを引き上げ、中期的にロシアの戦力投射能力を低下させることであると再定義している(Brookings, 2024)。このような制裁目的の定義は他の論者にも広く受容されており、制裁を巡る最近の議論は落ち着きをみせている(e.g., PIIE, 2024)。フィッシュマンも、成功の基準を戦争の終結におくならば制裁は失敗であるとしつつも、制裁の目的をシンと同様のラインに調節し、プライスキャップを積極的に評価するようになる(Fishman et al., 2022)。これらの議論には、半導体や工作機械などが第三国から(シンによると、中国経由が半導体で90%、工作機械で70%)でロシアにわたっているという分析、その対策として二次制裁が有効であるという見解、戦争と制裁が長期的なロシア経済の見通しに悪影響を与えていることなどが含まれる。マキシム・クピリン(Maxim Chupilkin、EBRD)らは、ロシアの輸入財の商標を分析している。彼らの分析によると、表2.5の示す通り、アメリカにみる社会科学の実践(第四回)*20) 2023年7月のNBCの報道では、ハースとカプチャンらが、同年4月にロシアのラブロフ外相と面会して、「戦争を終わらせるための潜在的な交渉の基礎を築く」ために話し合ったとの報道が出ている(NBC, 2023)。
元のページ ../index.html#39