ファイナンス 2025年1月号 No.710
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SPOT安全保障上の脅威があると認定した場合、最終的に大統領に対して取引阻止を勧告する権限を有する。従前、アメリカ企業を支配する取引を対象としていたが、2018年に成立したFIRRMAに基づき、一定の不動産取引、重要インフラ及び技術等に対するマイノリティ投資までも対象となっている。最も新しいアメリカから中国等への投資(outbound)に関する制限も、分野に基づく規制であり、AI、半導体、量子技術に関する投資を制限する。規制の運用に関して、アメリカに特徴的なことは、旺盛な域外適用への意欲である。輸出管理における域外適用の例は、(第三回でみた)ファーウェイのサプライチェーン遮断のため、FDPRを用いたものがある。金融制裁では、基軸通貨である米ドルを用いる取引には何らかの形でアメリカの金融機関が関与する可能性があり、アメリカの金融機関が直接関わらない取引でも、アメリカとの接点があるもの(US Nexus)と解され、制限を受ける可能性がある。加えて、非アメリカ人とSDNリスト上の制裁対象者の取引で、アメリカとの接点のないものであっても、制限の対象とする二次制裁(secondary sanction)という手法が用いられる。アメリカは、中国の金融機関のロシアとの取引を牽制するため、この二次制裁を用いると警告している。直接投資(inbound)を審査するCFIUSにおいても、域外適用と同様の含意を持ちうる運用が行われている。友好国の企業によるアメリカへの投資は、安全保障上の含みのある案件に対するものであっても許可されうる。ただ、投資後、その友好国の企業が中国等から出資を受ける際、CFIUSの制限を受ける可能性がある。これらの域外適用は、アメリカの目線からは規制の趣旨を貫徹するために必要なものであるが、友好国を含む国際社会との緊張をはらむものである。経済安全保障上の措置の目的は多様であるが、大別すると、1)平時において、脅威となりうる存在の活動一般を制約するための措置、2)平時において、脅威となりうる存在の将来の活動を抑止するための措置、3)有事において、脅威である存在の活動に損害を与えるための措置に分類できる。第一の平時の活動の制約とは、モノ、カネ、ヒトを介して、中国が機微な技術や製品にアクセスすることを制約するものから、通商法301条によるEV等への関税措置のような事実上の大国間の経済覇権の争いを制するための措置を含む。北朝鮮、イランに科されている多様な措置や、あるいは第一次政権時にメキシコに検討された(再び俎上に上がっている)関税措置のように、脅しをかけることで、相手の行動変容を期待するものもある。第二の平時からの脅威の抑止とは、侵略などの悪しき行動を取った場合の制裁を相手に予期させることで、悪しき行動を抑止するものである。第三の有事の措置には、ロシアに対する輸出管理を通じた軍事転用可能な製品の移転の制限、資産凍結等の金融制裁などがある。相手に痛みを与えることで悪しき行動の撤回を促すものから、行動の費用を高めて相手に消耗を強いるものがある。第二と第三の目的は、事前/事後で一体関係にある。また、平時/有事という区別は状況依存的なものである。戦火を交えている際に有事に分類するのは自然だとしても、交戦状態にはないロシアへの制裁を第三(有事)に分類し、高い緊張関係にある北朝鮮やイランを第一(平時)とするのは、ロシアと現に交戦状態にあるウクライナへの軍事支援をアメリカが実施している状況を重くみたものである。モノ、カネ、ヒトという措置の対象とその目的との関係は様々である。ロシアに発動されているように、関税措置も有事の措置となりうる。ただし、軍事的活動に必要なモノの移動を阻止する輸出管理や、資金を凍結する金融制裁には即効性があり、第三の有事の措置として重用される。第二の抑止のための措置も、違反のあった場合に直ちに効果を発揮する措置が適合的である。金融制裁には、相手国の金融システムを麻痺させ、経済を混乱に陥れるとのマクロ経済上の効果が期待されることもある。措置の実際を対中国の事例で確認する。図2.10は、エレノア・ヒューム(Eleanor Hume、CNAS:Center for New American Security)らによる整理で、中国の個人・団体に対するEL、FDPR、SDNの適用状況の推移を示す(Hume & Scarpino, 2024。なお、2024年は8月までの計数)。第一次トランプ政権の終わりの2020年と、バイデン政権の後半に件数が伸びていることが読み取れる。制裁の理由をみると、ELでは、中国の弱体化を直接狙った制裁が上位にくる。トランプ政権では、軍近代化(96人)、イラン(71人)、人権(52人)が上位三つであり、バイデン 29 ファイナンス 2025 Jan.

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