ファイナンス 2025年1月号 No.710
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SPOT た*21。高麗の時代には、「吏読」をなるべく口語に近ファイナンス 2025 Jan. 22ずは韓国語の特徴である。韓国語は、日本語と同じ謬着語で日本人にとって学びやすい言語だ。しかしながら、英語や中国語と同様に主語を使う言語であり、日本語のような敬語はない。韓国語にあるのは絶対敬語といわれるもので、「世間」の中での相対的な関係に従って使われる日本語の相対敬語とは全く異なっている。日本語なら「弊社の社長がこう申しておりました」というところを、「わが社の社長様がこうおっしゃっておられました」というように使う。それは日本語と異なり、自分と社長との絶対的な関係に従って使われるもので、主語がないとだれの話なのかがわかりにくい言語だ。主語を使う韓国人は、西欧人と同様に自分を中心に世界を認識する。それは、相手の身になっての表現がないということに現れている。例えば、「させていただきます」という相手から見ての表現(使役受け身)がない。自分を中心に「して差し上げます」としか言わない。これは、自然を相手にした場合も同様で「雨に降られた」というような表現がない。「雨が降った」という。かつて大蔵省(当時)でも講演をされた呉善花氏によると、日本語の「雨に降られた」というのは「先生に叱られた」という表現に通じるものだという。「先生に叱られた」というのは、自分が悪かったので仕方がないということを言外に含んでおり、「雨に降られた」という自然現象が仕方がないというのと同じで、ある種の諦めを含んだ表現だ。それは、「世間」の中でいたずらに他者の責任追及になることを避ける言い方だという*18。なお、鈴木孝夫氏によると、韓国語には日本語のような自分に対しての悔しいという言葉がないという。韓国語で「悔しい」というのは、相手の行動によって自分が不利益を被った時の相手に対する感情で、自分のおろかな行動を自省する意味での「悔しい」という感情を表す言葉はないのだという*19。ちなみに日本語の「させていただきます」という相手から見ての表現は、韓国人にはとうてい理解できないものだと言う。日本人の感覚では、それはへりくだって自分を相手よりも下に置いた謙虚さをあらわす美しい言葉なのだが、韓国人の感覚では自分を下に置くというのはとても卑屈なことなのだという。韓国人における謙虚さは、あくまでも上の立場にいる人から下の立場にいる人々に恵みを施すものだからだという。呉善花氏によると戦前の歴史を反省する気持ちから日本人が「支援させていただきます」などというと、そんな卑屈な表現を使う「みっともない日本人がかつて韓国を踏みにじった」ということで、韓国人は耐えられなくなるのだという*20。朝鮮半島における韓国語の変遷は、日本と同じく漢字の受容から始まった。ただし、日本のように漢字を自国語化することはなかった。7世紀末の新羅の時代に「吏読(りとう)」という表記法が考案されたが、語彙も語順も基本的に漢文で、合間に助詞や語尾を表す漢字を送り仮名のように書き添えただけのもので、日本でいえば、お経を読みやすくしたようなものだっづけて日本の漢字かな交じり文に近いものにした郷歌(ひゃんが)というものも生まれたが、郷歌は高麗時代の文献(11―13世紀)に25首残っているだけで、その後途絶えてしまった*22。そのような朝鮮半島における漢字の位置づけは、日本において初期の万葉仮名が漢文の一変種というべきものだったのが、やがて倭語の単語を意訳した漢字を倭語の語順に従って並べ、語彙も語順も漢文とは異なる日本語にしていったのとは大きく異なっていた。漢字は、一般の人々が話す言語として工夫されることはなく、漢文のまま支配層が公用文や文学に用いる唯一の文字として受容された。唯一の文字としての受容の仕方は、漢字文化圏の他の民族とも異なっていた。例えば、満州族の清朝は公用文に漢字と並んで満州文字を用いていたのである。そんなことを言っても、15世紀には朝鮮半島独自の文字であるハングルが創られたではないかと言われそうだ。しかしながら、ハングルは人々の話す言葉を表記する文字として創り出されたものではなかった。韓国語の変遷(漢字の受容と廃止)日本語と日本人(第10回)*18) 呉善花、2022、p28*19) 「日本の感性が世界を変える」鈴木孝夫、新潮選書、2014、p64*20) 呉善花、2022、p31、34。*21) それは、今日の広東語に似たものだったという。広東語は、漢字を充てられない語彙が多く、そこに漢字と混ぜて俗字を使っている。吏読が日本の漢*22) 「漢字とは何か」岡田英弘、藤原書店、2021、p308−309字文化に与えた影響について、森博達「日本書紀成立の真実」(中央公論新社、2011,p121−168)参照。

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