ファイナンス 2025年1月号 No.710
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連載PRI Open Campus2057年には、基礎年金額を物価上昇率で割った実質とを一人一人に考えていただきたいと思います。2024年7月に厚生労働省が公表した「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)*6」の基礎年金部分を見ると、マクロ経済スライドによる調整が終了する基礎年金額が、現在の水準よりも約2割減となります。夫婦二人の場合、現在の基礎年金額は約13.4万円ですが、2057年の実質基礎年金額は約10.7万円になります。このことから、基礎年金のみを受給する自営業者や非正規雇用者の貧困化が懸念され、生活保護受給者の増加も予想されます。こうした厳しい将来が予想される中で、それを防止するための財源を誰がどのように負担するのか、税制をどのように改革するのか、という話は避けて通れません。負担に関する話は、目を逸らしたくなるものかもしれませんが、いずれはこうした問題が必ず顕在化してきますので、正面から負担に向き合って議論するのに早すぎるということはありません。本特集号の成果を踏まえつつ、税・社会保障の分野に関して、今後研究を深めるべきテーマがあれば、教えていただけますでしょうか。本特集号の岡論文が金融所得課税・富裕層課税について取り上げていますが、「富に対するグローバル・タックス」については、今後も研究を深めていく必要があると思っています。金融所得課税の見直しは、「貯蓄から投資へ」の流れを阻害するという意見もありますが、両者は矛盾するものではありません。金融所得課税の見直しの背景には、所得税が最高税率45%までの累進構造になっているにもかかわらず、実際には所得金額1億円を境に富裕層になるほど所得税負担率が下がっている、というファクトがあります。これは、「1億円の壁」と呼ばれるもので、所得金額1億円を超える富裕層では、税率15%(地方税と合計で20%)の分離課税となる金融所得の割合が増えるために、所得税負担率が低下するというメカニズムです。日本は、アメリカ、イギリス、ドイツなどと比べて富裕層の金融所得に対する税負担が低いという特徴がありますが、マイナンバーが導入され、タックス・ヘイブンとの情報交換も進んでいる今こそ、「1億円の壁」への対応を本格的に検討する必要があると言えるでしょう。先程、金融所得課税の見直しが、「貯蓄から投資へ」の流れと矛盾しないと述べましたが、所得金額が1億円以上の納税者は、日本全体で僅かに2万人程度です*7。また、2024年からNISA(少額投資非課税制度)が拡充され、NISA口座の数も日々増加していることから、一般の投資家の「貯蓄から投資へ」の流れは十分に手当てされていると言えます。さらに言えば、取引の70%近くを占める外国人投資家には、わが国の税制は適用されませんので、彼らの投資行動を阻害するということもありません。日本では2023年に、金融所得を含む合計所得金額が年間約30億円を超える超富裕層を対象とした、「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置(富裕層ミニマム税)」が導入されましたが、その対象は僅かに300人程度です*8。この対象を少しずつ適切な範囲の富裕層にまで拡大することで、「貯蓄から投資」への流れに大きな影響を与えることなく所得・資産格差の是正につなげることができます。2024年にG20財務相・中央銀行総裁会議が出した共同声明*9にも、超富裕層への累進課税が明記されており、デジタルやAIの発達により格差が確実に拡大していくことを踏まえると、富裕層に対する税のあり方については、これから一層突き詰めて考えていく必要があると思っています。今後の税・社会保障を考える上で、少子高齢化・人口減少への対応も避けて通れない問題だと思いますが、森信先生はこの問題にどのように対応すべきとお考えでしょうか。少子高齢化・人口減少に対応するための財源を、税5.今後に向けて 99 ファイナンス 2025 Jan.*6) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/index.html*7) 「国税庁統計年報書」(各年度版)を参照。*8) 「国税庁統計年報書」(各年度版)を参照。*9) https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/convention/g20/20240727.pdf

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