連載PRI Open Campus ファイナンス 2025 Jan. 96一つ目の私自身の論文「ベーシックインカムと給付付き税額控除―デジタル・セーフティネットの提言―」では、パンデミックを経て世界的に議論が広がった「ベーシックインカム」と、それに代わる「給付付き税額控除」について論じています。パンデミックの発生後、ベーシックインカムは主義や思想を問わず様々な勢力から支持を集めましたが、政策として実現するためには、勤労に与える影響と財源という二つの問題を慎重に考えなければなりません。一方、問題意識はベーシックインカムと共有しつつ、勤労を条件として減税・給付を行うことで「貧困の罠*2」を脱し勤労インセンティブを高める制度として、欧米では給付付き税額控除が導入され、一定の成果を挙げています。デジタルやAIの発達は雇用の喪失や格差の拡大をもたらしますし、コロナ禍も同様に人々の働き方を大きく変え、国家によるセーフティネットのあり方が問い直される機会となりました。格差を是正する、あるいは雇用の流動性を高めるためには、強固なセーフティネットが不可欠です。本論文では、まず、ベーシックインカムが取り上げられるようになった経緯やセーフティネットの重要性を分析した上で、ベーシックインカムと給付付き税額控除を比較・検討し、最後に、わが国で所得情報と給付をつなげるデジタル技術を活用して、イギリスをモデルにした日本型の給付付き税額控除の導入につなげていく際の課題などについて考察しています。実は、昨今話題になっている「103万円の壁」や「106万円の壁」の問題は、給付付き税額控除をうまく仕組むことにより解決できるのです。わが国のこれからの政策への活用が期待されると思っています。二つ目の渡辺論文「生成AIと課税―ロボット課税からAI利用へ―」では、ロボットや生成AIそのものへの課税の是非、また、生成AIが課税庁と納税者のそれぞれに与える影響などについて検討しています。ロボット課税は、国際協調がなければ課税回避が可能となることに加え、ロボット課税を導入した国の技術促進を阻害する可能性があります。また、AIへの課税については、AIに課税上の人格を認め、人に代わってではなく、AIそのものを課税対象とすることについての是非を問う議論もなされています。さらに、AIは効率的な税務行政の実現という点において、様々なステークホルダーにとって有益なツールとなり得る一方で、プライバシー保護やデータ収集・管理に関する課題もあります。渡辺論文では、これらの論点を多角的に検討しています。三つ目の佐藤論文「生涯所得課税の提言」では、グローバル化・デジタル化の進展に伴い多様化する働き方に対応するための抜本的な改革として、現在の「年間所得課税」から「生涯所得課税」への転換を提言しています。「雇用的自営」(フリーランス)や、インターネットを通じて個別の仕事を請け負う「ギグ・ワーカー」など、収入が不安定な労働者が増加傾向にある中で生じたコロナ禍により、日本のセーフティネットの不備が露呈しました。こうした課題に対応するための所得課税の仕組みとして、佐藤論文が提言する生涯所得課税のポイントは四つあります。(1)生涯ベースの担税力に応じた所得再分配に資する。(2)所得の発生パターンが違っていても生涯所得が等しい納税者の間で「水平的公平性*3」が確保される。(3)災害等で収入減や損失が生じた場合に、過去に払った所得税の一部が「還付」されることで保険の役割を果たす。(4)キャピタルゲインなど、「発生」した所得の「実現」を先送りして課税を軽減させる誘因が生じない。デジタル技術を活用して、新しい経済・社会環境に対応した効率的な税制に作り替えていくという点において、この生涯所得課税の議論は大きな意味を持つと考えています。四つ目の土居論文と五つ目の馬場・小林論文では、いずれも「仕向地主義」について触れています。グローバル化・デジタル化が進む中では、企業の所在地で課税するより、仕向地、つまり企業がサービスを実際に提供するところで課税する方が効率的であり、現状に即していると言えます。土居論文「仕向地主義炭素税の理論的基礎」では、温室効果ガス排出量に比して課す炭素税に、付加価値税のような仕入税額控除と輸出免税、輸入時課税の仕組みを導入した「仕向地主義炭素税」を提言しています。まず、仕向地主義炭素税の概念を、流通過程を描*2) 失業手当などが手厚い欧州では、勤労により所得が増加すると、給付対象から外れてしまうため、受給者が勤労を控えようとしてしまうこと。*3) 所得(担税力)が同等の者には、等しい税負担を求めること。PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 39
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