連載PRI Open Campus 目指すためにも、かつての日本と似た構造を持つ中国の行く末を見定めて分析していくことは非常に重要と考えています。また先ほども述べたように中国の供給サイド重視の政策は、リーマン・ショック時の反省もありつつ、需要刺激に偏る日本の姿を少なからず意識したものでもあります。いざとなると公共投資を含めたバラマキを繰り返し、生産性向上に向けた政策努力には手をつけず、結果的に生産性は落ち込みイノベーションにも後れを取ってしまった。そんな日本の様子は中国指導部の中で、避けるべき事態とされたのでしょう。もっとも、優れた生産能力を持っていても、国内の購買意欲が足りなければ意味がありません。本来は、国内で製造されたものは、まずはきちんと国内で消化する消費能力を持つべきです。しかしながら、中国国内の労働分配率は低く個人の所得・消費が伸びないために、売れ残ったものを輸出し、結果的に国際的な過剰生産問題を生み出しています。国を挙げて開発を押し進めてきた電気自動車(EV)は、EU・米国とは貿易摩擦を激化させつつも、EV切り替えに必死な新興国市場では中国勢(BYD等)が既に台頭しています。例えば、日本メーカーがかつて市場を圧倒したタイでは、現在EV切り替え一色の政策が採用されています。つまり、新興国の自動車市場において、日本車の地位が中国EVメーカーに浸食されかねない事態に陥っています。中国の過剰生産能力は市場を脅かす事態として既に欧米から問題視されていますが、第3国市場では日本にとっても脅威であることは間違いないでしょう。千葉:中国経済をウォッチするビジネスパーソンや研究者へメッセージをお願いします。田中:まず、お伝えしたいのは、マスメディア等が形成する世論に安易に迎合して分析を歪めてはいけないということです。日本の世論は極端に振れがちであると言えます。例えば、2001年の中国のWTO加盟の際には、対中投資ブームが巻き起こりました。日本企業は次々と中国へ投資を行い、メディアも「バスに乗り遅れるな」「13億の市場が我々を待っている」といったフレーズでいかに中国が発展しているかばかりを報道しましたが、私はその時代に講演を求められた際には次のように話していました。「中国経済には力強さはあるが構造的な問題がある。まず完全に投資依存型の成長構造であり、消費は決して伸びていない。産業別に見ても、二次産業に過度に依存し、三次産業は十分に発達していない。さらには周期的な不良債権問題も発生しており、決して完璧な経済ではない。貧富の格差、都市・農村、東部・中部・西部の地域格差も大きく、13億の市場など存在しない。メディアの報じるキャンペーンにうかうか乗らず、構造問題にも目を向けて実態をよく分析すべきである。」このような構造上の問題は、当時の中国研究会でも各委員が鋭く指摘されていました。さらに2015年頃からは突如として中国崩壊論が浮上しました。2000年代に「バスに乗り遅れるな」と煽っていたメディアを中心に手のひら返しで、報道は崩壊論一色となりました。その時にも私や中国研究会では「報道ほど中国はひどくない。そもそも崩壊論で挙がっているリスクは2000年代当初から存在していた問題であったにもかかわらず、目を向けていなかっただけである。」と指摘していました。そして実際に中国は未だに崩壊していないわけです。逆に注目すべきであったのは、中国内部におけるイノベーションの強さや、当時の民営企業に存在するアニマルスピリッツ等であったと言えます。総じて、中国経済の分析は個人の好き嫌い、あるいはブームに影響されやすいのですが、経済指標や重要文献を通じて客観的な情報を収集・分析し、等身大の中国像を見出していくことが大切です。本特集号の執筆者はどなたも中国を等身大・客観的に観察・分析された方ばかりであり、まずは、本特集号を手に取っていただければ幸いですPRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 38ファイナンス 2024 Dec. 93
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